読書メモ
正直、プルードンはよくわからない。『所有とは何か』はむかし日本語で読み、その後にフランス語でも読んだけれど、プルードンの論理の運びにうまくついていけないのだ。テクストの肌理にもなじめないところがある。唐突に感じられるところ、飛躍に感じられ…
わたしは目をとじて想像する 風にはこばれてきた一個の種子が 一個の屍骸のうえにふわりと落ち 腐爛した肉 くずれた骨を養分として ちいさな芽を出し ちいさな双葉をひらかせ ちいさな白い星形の花を咲かせる瞬間を(「希望」893-94頁) このようにして松浦…
アドルノの講義をテープ録音から再現したものらしいが、アドルノの肉声テープはすでに消去されているとのことで、ところどころに不完全な部分があり、それを編集作業のなかで補完しているようだ(186‐87頁の「編集ノート」を参照)。しかし、ざっとページを…
数学を使えば、都市やある程度以上の大きさの社会集団の事務処理が簡単になる。課税・徴税は数を用いなくてもできるが、かなり込み入った仕事になるため、実質的には数学なしには無理だ。集落の規模が大きくなり、交易がさかんになれば、どこでも数学が発展…
真実の宇宙は、ただひたすらに暗い . . . 宇宙は暗黒の森だ。あらゆる文明は、猟銃を携えた狩人で、幽霊のようにひっそりと森の中に隠れている。そして、行く手をふさぐ木の枝をそっとかき分け、呼吸にさえ気を遣いながら、いっさい音をたてないように歩んで…
47年4月、精神病院に隔離されていたエズラ・パウンドを訪問し、文通が続く。パウンドから「枝葉ではなく種子を読み取るべし。EP」と書いた鉛筆書きのはがきが届く。(195頁) 抱くことのできないもので星は創られている from what we cannot hold the stars …
希望を抱かないことは愚かなことだ、と老人は思った。(99頁) It is silly not to hope, he thought. ヘミングウェイの『老人と海』を読み返したのは20年ぶりぐらいだろうか。と書きながら、『老人と海』はもしかすると初めて英語で読み通した本のうちの一…
テマーソン 音楽は演奏されなくても存在するのでしょうか? ローゼン ええ、存在します。音楽を頭の中で演奏解釈したり、それを耳にすることなく、詩のように読んだりすることができますから。それは、演劇作品を読んだり、その演出を想像したりするのと同様…
ケアにまつわる皮肉は多くありますが、そのなかの一つには、実際には富裕層こそが最も依存的であり、彼女たち・かれらは、数え切れないほどの個人的な仕方で、お金を支払う見返りにサーヴィスを提供してくれる人たちに依存している、という皮肉があります。…
なぜなら人間とは土地の精神の延長にほかならないからだ。(『ジュスティーヌ』219頁) 相対性原理の理論は、抽象画や、無調音楽や、無定形(あるいはとにかく循環形式しかない)文学に対して直接の責任がある . . . (『バルタザール』171頁) わたしたちア…
ピエール・ブーレーズは怠惰を嫌い、創意を愛していた。複雑さを好み、複雑なものを理解し鑑賞するために努力を払わない者を軽蔑していた。 いや、もしかすると、軽蔑していたというよりも、そのような怠け者の心情にたいしてこれっぽっちも共感を抱けなかっ…
オクタヴィア・E・バトラーは異生物との肉体的な接触を描き出す。節足動物にも似た多数の足に、または、軟体動物の触手のようなものに、全身を抱擁され、包み込まれるという経験。それはひどく肉感的なものであると同時に、おぞましいものでもある。ゼロ距離…
バイロンの『ドン・ジュアン』は、名前は知っているけれど読んだことがない作品のひとつだったが、図書館の新刊の棚に東中稜代による上下2巻の新訳があったので、これ幸いとばかりに借りてきて、流し読みするようにページをめくりつつ、ところどころ気になっ…
「なぜなら、すべて神聖なものは夢や思ひ出と同じ要素から成立ち、時間や空間によつてわれわれと隔てられてゐるものが、現前してゐることの奇蹟だからです。しかもそれら三つは、いづれも手で触れることのできない点でも共通してゐます。手で触れることので…
「植物と菌根菌は乱婚だ。たくさんの菌が一本の植物の根の中で生きているかと思うと、たくさんの植物が一種の菌のネットワークにつながっていることもある。つまり、養分からシグナリング化合物まで多様な物質が菌のネットワークを介して植物のあいだを移動…
ヴァージニア・ウルフの遺作である『幕間』はおそらくウルフの小説のなかで読み直した回数が最も多いテクストになるはずだ。大学院のゼミで読んだからその時にすでに何度か通読としたせいもあるけれど、アマチュアの野外劇として演じられるイングランドンの…
不可能な願望に浸りたいのだ。歩いているおれは、不可思議な共感の振動、振幅でふるえてはいないだろうか。( 127-28頁) 人生とは、分かち合えないものがあるといかに色褪せるものか . . . (304頁) 『波』はウルフがたどりついた極北だ。散文詩で書かれた…
オードリー・タンがやっていることをひとつひとつ取り上げてみれば、それ自体は、とくには新しくはない。 民主主義的な価値観がある。透明性、普遍的参加、インクルーシブ、非暴力的な意思決定、討議的プロセス。 プログラミング的なマインドセットがある。…
それが一旦開いたら、そこから風がどっと流れ込んでくる。(227頁) 吉増剛造の詩は、彼を導管としてわたしたちの耳に届く別の宇宙、別の次元からの言葉を書き留めたものであり、そのような言葉ならざる言葉、言葉にならざる何かを、にもかかわらず、言葉に…
自伝をいつ書くか、どう書くか。答えの出ない問題だ。人生の総決算として書くのか、これからのロードマップとして書くのか。編年体で客観的に綴るのか、連想で飛躍しつつ主観的に語るのか。 ここでソルニットは、その中間を行く。時系列を基調とするが、細か…
詩を作ることはかつては魔術と同義だった。放たれた言葉は毒を塗った鏃となって目指す相手の肉体に突き刺さり、その妻を犯し、家畜を損った . . . 詩の本質が頌であると説く者は滅びてあれ。詩ははるか以前に痛罵であり呪文であって、挽歌とは死を願う律の零…
ジェンダー史を学ぶこと、それはわたしたちのジェンダー概念を問い直すこと、その起源や変遷をたどりなおすことでもあり、その意味で、歴史は現代における世界認識や世界理解に衝撃を与えるものである。 ジェンダー史は、女についてのもの(だけ)ではない。…
フォーレとサン=サーンスは、一八七〇年頃までは、その当時末だ色濃くのこされていたロマン派様式、一八八〇年代には世紀末様式へと進展してゆきつつ、それぞれの作品を築き上げてゆくが、一九〇〇年頃から二人の方向性は全く異なってしまうことに注目すべ…
「三島 でも夢がある間はほんとうに有害な思想は出てこないよ。」(『三島由紀夫 石原慎太郎 全対話』48頁) 三島由紀夫が信じていたのはシステムとして、構造として、装置としての天皇「制」(ないしは、天皇という「存在」)であって、特定の天皇ではなか…
マイリス・ベスリーの『ベケット氏の最期の時間』は、妻シュザンヌを亡くして介護施設に入ったサミュエル・ベケットが、いかにもベケットらしく、ベケットとして亡くなるまでの日々を過ごしていく様子を描き出す。 ベスリーは、医療関係者や介護人が綴る業務…
船を造りたいのなら、男たちに木材を集めさせたり、仕事を割り振り命令する必要はない。代わりに、果てしなく広大な海への憧れを説けばいい」 ――アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ (「第7章 新しい資本主義へ」のエピグラフ、247頁) 目次だけでこの本…
人間は、2つの要素を組み合わせることによって、限りなく長い文を作り出すことができるという性質を持っているのです。ですから、人間言語には「最も長い文」というものは存在しない、ということになります。(白畑知彦『英語教師がおさえておきたいことばの…
わたしたちのなかには なにものかが無数に生きている わたしが思考したり感覚したりしても わたしにはわからぬ、 思考したり感覚したりするのが誰であるのか。 わたしは思考や感覚の 場にすぎないのだ。 わたしの魂は一つだけではない。わたし自身より多くの…
「孔子は「學則不固(学ぶことによって考え方や行動が柔らかくなる)」と言いましたが、彼らは「やわらかいものには知能が宿る」と捉えているのです。」(鈴森康一『いいかげんなロボット』119頁) キッチン用品でシリコン製のものがポピュラーになったのは…
小林エリカは不思議な書き方をする。 パラグラフが短い。 一文で一段落ということもめずらしくない。 個人的にはノベルゲームを思わせる形式だが、ライトノベル的と言えるかもしれない。すくなくとも、いわゆる純文学に特有の重厚で粘着質な文体の対極。軽く…