うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

モダニズムとはべつの仕方で:クレメンス・クラウスの言葉による音楽

クレメンス・クラウスモダニズムを継承した指揮者はいなかった。それとも、誰も彼のモダニズムを継承することはできなかった、と言うべきだろうか。繊細なフリーハンド、鷹揚な正確さ、抒情的な客観性、プラグマティックな完璧主義。20世紀の前衛音楽の両方の系譜――調性に踏み留まる音楽と非調性に乗り出していく音楽――を取り上げる一方で、19世紀の後期ロマン主義を20世紀に持ち込むような時代遅れの音楽の擁護者。新音楽を取り上げすぎて聴衆から疎まれる一方で、聴衆に愛されたニューイヤーコンサート創始者にして、リヒャルト・シュトラウススペシャリスト。

クラウスの指揮は緻密にして繊細だ。見透しのよい立体感は、正確なリズムと凛としたアーティキュレーションの賜物だろう。しかし、クラウスの音楽の真の魅力は、技術的なところではなく、そのような技術的な卓越性から匂い立つ何ともいえない華やかさのほうにある。停滞を嫌うかのような速めのテンポを基調としながら、聞かせどころはしっとりと歌わせる。きわめて技巧的な、作為的でさえある音楽作りだが、その作為性がなぜか趣味の良さの証に聞こえてくる。理詰めでありながら、最終的にはセンスで音楽を作っているようにも感じられるし、感性に頼っているようで、根本的なところは理性でさばいているような感じもある。

 

youtu.be

1893年生まれ。バレーダンサーの母と、資産家の名士を父に持つ非嫡出児(貴族筋の私生児という噂もあった)。ウィーン生まれのウィーン育ち。合唱団出身で、オペラの合唱指揮から、歌劇場の音楽監督まで上り詰めたクラウスは、ナチの圧力で辞任を余儀なくされたエーリッヒ・クライバークナッパーツブッシュの後釜としてベルリンやバイエルンの国立歌劇場のポストを手中に収め、ナチの後押しを受けてザルツブルク音楽祭の総監督の座を手に入れている。

若手の発掘に熱心で、ユダヤ系音楽家の救出に尽力したが、日和見な態度があだとなり、戦後はナチ協力を疑われることになる。1947年に非ナチ化裁判で無罪を言いわたされてからは、各地に客演し、Deccaに多数の録音を残すことになる。1952年のザルツブルク音楽祭では、戦前にドレス・リハーサルまで済ませながら本番を行うことができなかったリヒャルト・シュトラウスの『ダナエの愛』を初演し、1953年にはバイロイト音楽祭で保守派の反感を買ったウィーラント・ワーグナーの新バイロイト様式に寄り添うような指環全曲とパルジファルを振っている。

しかし再建予定のウィーン国立歌劇場音楽監督をめぐる争いに敗れ、失意のうちにメキシコへの演奏旅行に出かけ、客死する。1954年のことだった。*1

 

「Prima le parole - dopo la musica!」クラウスがリヒャルト・シュトラウスと共同執筆したシュトラウス最後のオペラ『カプリッチョ』のなかで、詩人はそう言うが、このセリフはクラウスの音楽にも当てはまる。クラウスほどオペラの言葉を音楽に昇華させている指揮者はいない。言葉のひとつひとつがどのように旋律に当てはめられ、どのようにオーケストラの音と呼応するのかを、すべていちど検証しているのではないかと思わされる。ことらさらに言葉が強調されているわけではないけれど、クラウスの指揮では言葉が音楽と完全にフィットしている。旋律の添え物として言葉があるのではなく、言葉そのものから歌が生れてくる。言葉に内在するリズムや響きが、旋律を媒介して、音楽に昇華されている。

クラウスの音楽は、きわめて言葉的で、歌的なのだ。どんなに大オーケストラの曲であろうと、すべてのパートをひとつずつ歌ってみることで音楽を組み立てているようなところがある。だからどのような旋律であれ、どのようなリズムパターンであれ、横の流れに乱れがない。クラウスの音は、マスとしてのオーケストラを幾何学的に統率したものではないと言ってもいい。少し年上のライナーやクライバーと比べると、オーケストラの音の出し入れの折り目正しい整理という意味では劣る部分があり、そのせいでクラウスの音はやや旧世代的な、鄙びたところがあるのだけれど、一回り年上のフルトヴェングラーなどと比べれば、ずっとモダンなたたずまいになっている。内へ内へと潜るように没入してすべてをひとつに融解させるのでも、上から外から全体を俯瞰的に掌握するのでもなく、個々のフレーズをソロのように解き放ちながらそのひとつひとつをあたかもひとりの奏者が奏しているかのようにシンクロさせていく。複雑な大オーケストラの曲が、奇妙なことに、わりと数の多くないソリストたちによるわかりやすいアンサンブルになる。

 

それを繊細さと讃えるか、スケールに欠けると貶すかは、聞き手の趣味の問題だろう。しかし、オペラという劇場音楽のスペシャリストにしては、クラウスの音楽はあまりドラマティックとは言えない部分があることも否定できないし、巨視的なレベルでのクライマックスを築くよりも、微視的なレベルでの細部のニュアンスに拘泥しすぎているきらいもある。音楽の盛り上がりは楽譜や台本それ自体の盛り上がりに委ねられているようなところがあるし、ことさらに美しい音を目指してもいない。クラウスが求めるのは、まずなにより楽譜的な正確さであり、音色はあくまで手段なのだろう。それは、もしかすると、リヒャルト・シュトラウスの求めるところと重なるのかもしれない。

そう考えてみると、ヴィオリカ・ウルスレアクがなぜシュトラウスの信頼する歌手であったのかが理解できる。現存するウルスレアクの録音を聞くかぎり、彼女の声はどちらかというとくぐもった陰気な響きで、歯切れが悪い。音程の取り方がすこし低めで、細かなビブラートを多用するせいか、つねに泣きの表現になってしまっているように聞こえる。

しかし、美声をひけらかすテノールを嫌い、主要なタイトルロールにバリトンを配置することが多かったシュトラウスの声楽趣味を思うと、アルトのような声質で、決して歌い崩すことがなく、理知的で、きわめて正確なリズムで音節を旋律に乗せていけるばかりか、言葉の意味をつねに音楽のニュアンスに翻訳していくことができるウルスレアクは、たしかに作曲家にとって理想的な表現者だったのだろう。戦中のザルツブルク音楽祭で上演されたドイツ語版の『フィガロの結婚』を聞くと、ドイツ語の音節や響きが余ったり浮いたりすることなく、イタリア語の台本のために書かれたモーツァルトの音楽にまったく違和感なくはまっていることに気がつくが、それはまちがいなく指揮者の手腕のおかげだ。シュトラウスにとっても、クラウスにとっても、声は、純粋器楽的なものではないし、ナルシスティックな陶酔から一線を画するものだったのではないか。

 

言葉の抑揚を基盤とするクラウスの音楽は器楽的な正確さとはべつの正確さを持っているし、軸とする音域も独特だ。Deccaとの録音は、高音と低音が強調されている(というか、中音域が抜け落ちている)せいで、全体的に痩せこけた音がするけれども、クリアな低音とつややかな高音を埋める人声に近い中音域こそが、クラウスの指揮の基調を成していたように思うし、言葉の表現媒体としての声を素材とするクラウスの音には、わたしたちの声が必然的にそうであるように、雑多で雑味がある。響きは澄んでいるが、透き通っているわけではない。リズムは的確だが、メトロノーム的な意味で完全に同期しているとは言いがたい。濁ってはいないが、わずかに不透明な響き。ズレてはいないが、点ではなく面としてのアンサンブル。Deccaとのリヒャルト・シュトラウスの録音にしても、オーケストラがトゥッティで大音量で鳴り響くところではなく、ソロが絡み合うところ――「英雄の生涯」のバイオリンソロ、チェロとビオラのソロが前面に出る「ドン・キホーテ」、「家庭交響曲」の緩徐楽章――が演奏として傑出している。

準備段階において個を完全に従属させることで、本番では、あたかも個が自ら望んでそうするかのように指揮者の理想を体現させるのだが、そこには、奏者自身の自発性の余地がどういうわけか大きく残っている。ソリストたちの饗宴のような音、すべての音を統率する中心的存在はまちがいなく存在するが、にもかかわらず、その存在は遍在的で、どこにでもいるようで、どこにもいない。

 

クラウスの音楽はきわめて人為的なものだった。言葉が自然に音楽に寄り添う音楽、それは実はきわめて不自然な代物だ。言葉を音楽化し、音楽を言語化する。言葉にとっても音楽にとっても互いに不自然なことを、あたかも自然であるかのように偽装する。そのためにこそ、クラウスは徹底的なリハーサルによってアンサンブルを鍛え上げたはずだ。そしてこの自然化された不自然さにこそ、クラウスの指揮のモダニズムがあると言ってよいだろう。これらの要素のひとつひとつは、クラウスの教え子たち――カラヤン、スイトナー、ヴァルヴィーゾ――にたしかに引き継がれてはいるが、その微妙なバランスをそのままに継承することは、誰にもできなかったようだ。

しかし、作曲家の意図なるものを具現化するために、このようなモダニズムが要請されたわけではないような気がする。シュトラウスと同じように最小限の身振りできわめて抑制された振り方をするクラウスの解釈は主知的なもので、主観的なものではない。もちろん、そこに表出する粋なセンスや華やぎは、クラウスという音楽家を育てたウィーンの伝統に端を発するものであると同時に、クラウス個人のものでもあっただろう。けれども、クラウスの音楽の核心にあり、また彼の音楽を統合しているのは、なにかきわめて非主観的な、さりとて主観性なき客観性でもない、構築的な劇場感覚であったようにも思う。それがクラウスの音楽を、20世紀前半の遺物にすると同時に、時代性を超越した演奏の記録にしている。

*1:クラウスの生涯については、HMVのサイトに詳細な年譜がある。

Repulsive overwork (Kropotkin. "Anarchist Communism.")

"Overwork is repulsive to human nature--not work. Overwork for supplying the few with luxury--not work for the well-being of all. Work is a physiological necessity, a necessity of spending accumulated bodily energy, a necessity which is health and life itself. If so many branches of useful work are so reluctantly done now, it is merely because they mean overwork, or they are improperly organized." (Kropotkin. "Anarchist Communism.")

SPAC『妖怪の与太郎』再演:コロナ禍時代の演劇の可能性と不可能性

20201205@YouTubeライブ配信

コロナ禍時代において演劇はもはや純演劇的であることを許されていないらしい。俳優はマスクを身に着けなければならないし、演出はソーシャル・ディスタンシングを内在化しなければならない。感染防止対策という演劇外のものを舞台に登場させる必然性を捏造しなければならない。

再演となる『妖怪の国の与太郎』は、このような疫学的要請にコミカルな回答を提示していた。マスクが妖怪のコスチュームに化ける。スプレーによるアルコール消毒が喜劇的なキャラクターの個性の表出のために用いられる。SPAC芸術総監督である宮城聰の代名詞ともいうべきムーバーとスピーカーの分業――言葉と身体の自然なつながりの意図的な分断――へのオマージュのような演出は、2019年の初演では借り物めいたところがあったが、舞台上で自然に動いたり語ったりすることがはばかられるコロナ禍時代のいま、まさに時宜を得たものであるように見えた。他人のアテレコする言葉に応えることの「不自然さ」は、強いられた不自由ではなく、選び取られた自由となり、俳優たちの身体そのものが、俳優たちが兼任する音楽隊の音が、雄弁な存在感を見せつけていた。ジャン・ランベール=ヴィルドとロレンゾ・マラゲラが演出を担当し、出演者のみならず翻訳者の平野暁人までもがドラマトゥルクとして参加した『妖怪の国の与太郎』は、コロナ禍時代の範例的な演劇作品であるように見えた。

spac.or.jp

あくまで表層的なレベルでは、である。劇自体の「へんてこりんな」ところにうまく落とし込まれたコロナ対策は、プロットのレベルにまで織り入れられていただろうか。俳優の身体的な妙技や音楽の生理的な快感は、物語の哲学的、民俗学的な含意と、どこまで深くシンクロしていただろうか。

舞台は夏休みの縁日の夜のような情景から始まる。ライブ中継動画は、開始時間前から舞台を映しており、天井に放射状にはりわたされた紐からぶら下がる提灯の幻想的なほの暗い明るさのなか、セミの音がかすかに聞こえている。「ミーンミーン」という鳴き声に耳を傾け、ぼんやりと照らし出される舞台を眺めるうちに、視聴者は、自然とこの世とあの世のあわいに迷いこんでいく。

セミの鳴き声は郷愁を誘うための単なる効果音ではない。主人公の与太郎は、セミを飲み込んで命を落としている。腹の中で泣き続けるセミのため、与太郎はつねに空腹に苦しめられることになる。それは、与太郎の案内人である死神エルメスを苦しめる退屈とパラレルなものだろう。癒されることのない渇き、充たされることのない欲望。しかし、本質的には劇全体を貫くものであるはずのこの深遠なテーマは、散発的に回帰するモチーフにすぎず、装飾的なところにとどまっていた。

シーンの移り変わりは、プロットの必然性というより、別の妖怪を登場させるという現実的な必要性によってコントロールされているようなところがあった。その意味で象徴的だったのは、冒頭に置かれた妖怪紹介のくだりである。舞台左手に設置されたオーケストラピットで陽気でノリのいい音楽が奏でられるなか、劇に登場することになる妖怪が次から次へと登場し、軽快なナレーションにあわせて一発芸的な一芸を披露し、そして退場していく。ひとりの俳優が複数の妖怪に素早く変わり身するこのスピーディーな変転はそれ自体としてスリリングであるし、次から次へと現れるたくさんの妖怪を見るのは単純に愉しい。なめ、口裂け、足、学生服を着たへのへのもへじ、子鳴き爺、河童、のっぺらぼう、ぷるぷる、砂かけ婆、雨女、とことんとん、ぽんぽこ、あずきはかり、ろくろっくび。しかし、設定のお披露目ともいうべきこのキャラクター紹介シーンは、プロットを停滞させるし、プロットの進行に不可欠というわけではない。

ヴェルギリウスベアトリーチェに導かれるダンテのように、与太郎は、死神エルメスに案内され、助力者である犬に導かれるなかで、さまざまな妖怪たちと出会っていくのだが、その道行は、目的論的というよりは場当たり的で脱線的なものであるし、自己探求的なものでも教訓的なものでもなく、流されるがままの巻き込まれ型の冒険だ。恐怖と畏怖をかきたてる『神曲』の「地獄篇」とは違って、『妖怪の与太郎』の地獄めぐりはユーモアに充ちたものであり、笑いを誘うものですらある。妖怪たちが、人間にとっての奇妙な隣人だからだろう。怖ろしいものであると同時になれなれしいものであり、得体の知れない魅力的な存在だからだろう。パーティーをしたり相撲をしたり、妖怪同士がじゃれあう姿は、妖怪にたいする親近感をかきたてる。妖怪たちと死神のあいだで勃発する与太郎の魂ボールの取り合い合戦はひたすらコミカルで、喜劇というよりもコントになっている。

2018年の初演のさいに感じた不満――妖怪役の俳優の個性に依拠した内輪の笑い――は解消されていた。三島景太によるドラァグ・クイーン的なパフォーマンスにしても、吉植荘一郎による子なき爺にしても、貴島豪によるコミカルな演技にしても、俳優の個人的な資質に依拠しない普遍的な笑いに昇華されていた。木内琴子の達者な歌唱にしても、 宮城嶋遥加の圧倒的な身体のキレにしても、個人技として浮き上がることなく、個々のシーンの必然性に組みこまれていた。しかし、ひとつひとつ取り出してみれば、完成度の高いシーンが、どこまで劇全体に統合されていただろうか。

シーンが変わると舞台上のキャラクターたちも入れ替えとなるがゆえに、特定の妖怪たちと与太郎の関係が深まっていくことはないし、エルメスとの関係にしても、すれちがう追いかけっこのようなもので、だからこそボードレールやダンテを引用して自らの教養や文化を鼻にかけるエルメスの滑稽さが際立ち、諧謔味が生まれていたのではあるが、裏を返せば、登場人物のあいだの関係がそもそも希薄で、それが最後まで変わらないからこそ、『妖怪の与太郎』の物語はひたすら横滑りしていく。まるで場面のほうが向こうからやってきて、通り過ぎていくかのように。

統合の不在が『妖怪の与太郎』の本質を成す。なるほど、たしかに物語全体を繋ぎ合わせる主筋は前口上で述べられてはいる。なくした魂を探す旅。死んだ与太郎の魂が、紆余曲折を経て、閻魔大王のところに届けられるお話。とはいえ、これは全体をゆるやかにまとめる程度のものでしかなかった。全体の大まかな方向性が示されることで、視聴者は、安全な予定調和のなかに引き入れられ、すでに明かされてしまった劇全体の展開よりも、奇想天外な各場面の出来事のほうに惹きつけられることになっていた。

『妖怪の与太郎』の劇的魅力のほとんどはサブプロットにある。いくらでも拡大可能な劇であり、妖怪たちをさらに登場させ、与太郎の受動的冒険譚をどこまでも伸ばしていけるはずだ。たとえば『千夜一夜物語』のように。それはつまり、メインプロットによるカタルシスが圧倒的に不在であるということでもある。アテレコ役のひとりである小長谷勝彦が、与太郎の道行を助ける犬でもあると同時に、与太郎の目的地である閻魔大王をも兼役していることには、重層的な含意があるはずだが、舞台はそれを掘り下げることなく、場面の美しさと余韻によって終わらせてしまう。

暗闇のなか、ろうそくの光で、ふたりの顔だけが浮かび上がる。ふたりは舞台後方にゆっくりと後退していく。「のんきに暮らせればそれでいい」と与太郎は言う。「あたえてはうしなってなおいぶきかな」と閻魔大王は言う。何気ない日常のかけがえののなさ、そのような日常の永遠の回帰を素直に、素朴にふたりが口にする。あたりまえだった日常が失われたいま、のんきに暮らすことがもはや不可能に近くなり、失った命はけっして戻ってこないことが常態となったいま、最後のふたつのセリフを言葉どおりに受けとることはできないのではないか。しかしドラマトゥルクたちは、もしかするとコロナ禍にたいする演劇的な応答でありえたかもしれないこの幕切れを、あまりにもただ美しい情景にすることで満足してしまっていたのではないか。

悲劇的でない芸術はコロナ禍時代において不可能であると言うつもりはない。悲劇的な時代だからこそ喜劇が必要だろう。しかし、『妖怪の与太郎』のように可塑的な作品には、変化する世界に柔軟に応えていくポテンシャルが備わっているのだからこそ、単なる反実仮想的な言明でも単なる願望充足の表明でもない、しなやかにしたたかな希望を上演すべきではなかっただろうか。チンドン屋のように賑やかな音楽にのせて歌われた「あのよもこのよもこころはおなじ」「しんだあとにもあしたはあった」の合唱には、たしかにそのような希望が込められていたのかもしれないが、それにしても、エピローグという物語外部における付け足しであり、劇のダイナミクスそれ自体にまで及ぶものではなかったのが、かえすがえすも残念である。

映像として考えた場合、ムーバーとスピーカーの分断にしても、音楽隊にしても、うまく画面が捉え切れていなかった部分はある。それは撮影班の不備ではなく、この演出自体が映像による切り取りとそぐわないものであったからだ。宮城の演出にしてもそうだが、俳優が奏者でもあり、言葉の出どころと身体の居所を意図的にズラす演技は、舞台のどこかに意識を集中させるだけは不十分で、舞台全体に意識を広くゆきわたらせなければならない。しかしこの集中と拡散の両立は、観劇者ひとりひとりのリアルタイムな体験としてのみ生起するものであり、映像としてそれを再現しようとすれば、ライブ中継では絶対に不可能だろう。考えられたカメラワークではあった。過不足のないもので、不満を感じることはなかったが、映像と齟齬をきたす演出をとらえきれてはいなかった。しかし、繰り返すが、それは撮影班の落ち度ではなく、舞台の性質の問題だろう。

ライブ中継をどのように締めくくるかは難しい。実際の舞台であれば、幕が下り、拍手が起こり、俳優たちが拍手に応える。カーテンコールがクールダウンとなる。舞台挨拶をすませた俳優たちが退場し、後奏のなかスタッフロールが流れていくさまは、映画でおなじみの形式であり、違和感はない。実際の舞台であれば、パンフレットに記載された文字でしかない、そしてパンフレットをよく見なければ気づくことすらない舞台裏方の名前が、このように可視化されたのは素晴らしいことである。しかしながら、舞台が終わり拍手が起こるまでの沈黙の間、観客たちが劇の余韻から覚めかかりながらまだ覚め切ってはいない夢うつつのまどろみの時、舞台が観客のなかに呼び覚ましたものが劇場を充たしてくあの予想のおよばない一回的な時間こそ、舞台という非日常と日常の両方に属しながら、そのどちらでもない不思議な空間であるのだけれど、それはやはり、無観客の舞台のライブの映像ではどうにもならない代物であるらしい。『妖怪の与太郎』は、コロナ禍時代の舞台の可能性と不可能性の両方を、浮き彫りにさせていた。

作為なき作為:フリッツ・ライナーの音楽の正しさ

フリッツ・ライナーのような指揮者はもう出てこないのではないか。ショーマンシップの真逆をいくような、魅せない指揮だ。オーケストラ奏者を従わせる指揮だが、聴衆を酔わせる指揮ではない。そこから生まれる音楽は峻厳で、諧謔味はあっても、陽気に微笑むことはない。悲劇的でもなければ、ドラマティックといううわけでもない。ただひたすらに正しい音楽。

 

ライナーの指揮動作はミニマリスト的だ。とても長いやや太めの指揮棒を右手で握り、拍子を刻むだけだが、単純な動きのなかに多種多様なニュアンスが込められている。左手は基本的に使わない。添え物程度だ。もちろん、決め所では大きく体が動くし、左手も振り上げられる。けれども、美食家でもあったせいなのか、堂々とした樽のような身体は、いつもまっすぐにどっしりと指揮台のうえにそびえている。

眼力でオーケストラを掌握している。存在のオーラで全員をねじ伏せている。静かだからこそ怖ろしいまでの迫力がある。

しかしその指揮は決して一本調子なものではない。ライナーの音楽にはつねに不思議なタメやかぶせがある。インテンポを基調とした楷書体で、軸は決してブレることがないのだけれど、恒常的な流れを妨げない微妙なズラしがある。同郷人の後輩にして、のちにシカゴ響で長期政権を築くことになるショルティが、鋭角的なアタックによって縦線を瞬間的に揃えようとしたのとは裏腹に、ライナーの音の合わせ方には幅がある。音楽的な呼吸が音の出入りをつかさどっている。

だからライナーの音楽は、厳めしくはあるけれども、息苦しくはない。凛としてはいるけれども、のびやかさに欠けることはない。

 

ライナーほどオーケストラに恐れられた指揮者も稀だが、録音には恵まれた。というよりも、今日ライナーが記憶されているのは、RCAによるシカゴ交響楽団とのレコーディングの突出した音質の良さによるところが多分にあるのではあるまいか。

録音芸術としてのライナーの音。

それほどまでに50年代の初期ステレオ録音は超時代的である。音の分離がよく、混濁することがない。音の定位がよく、どこかの音域が不自然にブーストされているようなことがない。生の音がすぐそばで鳴っているような(しかし、コンサートホールで聞こえる音そのままでもない)録音ならではのリアルな聴取感がある。

ライナーが育てたシカゴ響というヴィルトゥオーゾ・オーケストラだからこそ、このような音として記録されているのだろうけれども、ライナーとシカゴ響とRCAはあまりに強固な三位一体なので、ライナーをRCAの録音技師の音から切り離して考えることは困難だ。

あまり数は多くないが、ライナーのライブ録音はあるし――たとえば伝説的なコヴェントガーデンとの『トリスタンとイゾルデ』や、メトロポリタン歌劇場との『フィガロ』や『ばらの騎士』、ウィーン国立歌劇場との『マイスタージンガー』――、他レーベルとの録音もある――DeccaによるVPOとのヴェルレク、Reader’s DigestによるRPOとのブラームスの4番。それらを聴けば、明確なアタック、見透しのよい響き、正確なリズムとクリーンな歌い回し、きらめくような打楽器の響きと豊かなグラデーションのある墨絵のような陰翳が、録音の魔術による捏造ではなく、ライナーという指揮者に帰属する特性であったことがすぐにわかるのではあるのだけれども、ライナーとシカゴ響の音は、たとえばPhilipsによるハイティンクとコンセルトヘボウの音のように、Deccaによるショルティウィーンフィルの音のように、Gramophoneによるカラヤンベルリンフィルの音のように、複製技術の産物であることも否定できないように思う。

 

1888年生まれのライナーは、クレンペラー(1885年生まれ)、フルトヴェングラー1886年生まれ)、エーリッヒ・クライバー(1890年生まれ)の同時代人であるけれども、録音されたレパートリーだけから見ると、その音楽的な立ち位置は測りがたい部分がある。

バルトーク1881年生まれ)の同郷人であり、リスト音楽院でバルトークコダーイに学んでいるし、亡命先のアメリカで窮乏したかつての先生に新作を委嘱し、録音も残している。スペインからロシアまで、フランスからイタリアまで、ヨーロッパ各国の主要作曲家の主要レパートリーを録音している。

しかし、バルトークを除けば、いわゆるモダニズム的な作曲家の録音はない。新ウィーン学派が発展的に継承したマーラーの録音はあるけれども、4番と『大地の歌』というチョイスは、不可解な感じがする。歌ものの伴奏という位置づけだったのだろうかという気がしてしまう。

どの録音もきわめてクオリティが高いせいで、ライナーのレパートリーを貫く美意識が見えてこない。オーソドックスで保守的であるようにも見えるし、そうでないようにも見える。

ライナーに傑出した職人的手腕があったことはまちがいない。政治力には欠けていたようだが、オーケストラビルダーとしては優秀であったし、伴奏もうまい。オペラ指揮者でもあった。ライナーはドレスデン歌劇場で指揮者を務めたあと、1920年代初頭からアメリカでのキャリアを歩み始めており、純粋な音楽的力量にもとづく採用を旨とするライナーのオーケストラでは、女性奏者の割合が他のオーケストラより目に見えて高かったという。

しかし、残されている正規録音から聞こえてくるライナーの音楽はあまりにも純音楽的だ。楽譜に語らせる系の演奏であって、恣意的な解釈を披露するものではない。

 

ライナーの音楽は、録音されて70年以上がすぎているにもかかわらず、不思議なほどに古びていない。バルトークリヒャルト・シュトラウスの録音は依然として黄金のスタンダードであるし、その確固たる地位が脅かされることはないだろう。それほどまでにライナーの音楽は正しく聞こえる。

もちろん単純な精度という意味でいえば、ライナーを凌駕する録音はいくらでもある。ライナーの音楽の精度はどこまでいってもアナログ的なものであり、デジタル的なゼロコンマの精度とは桁がちがうところがある。

ライナーの凄みはそのような単純な音の合い方にはない。おそらくシュトラウスバルトークのような音の多い複雑なスコアの音楽よりも、モーツァルトハイドンのような音の少ない単純なスコアの音楽にこそ、ライナーの美質が現れている。古楽器演奏を経た今、ライナーによる古典派の演奏が旧時代的なものに属することは否定できないが、たとえそうであるとしても、ライナーの演奏からほとばしる生命力、生き生きと弾むリズムと趣味の良い抒情性、重層的でありながら軽やかな見透しには、知識的な正しさとは別物の音楽的な正しさがび覚ます自然な心地よさがある。

作為なき作為。

 

youtu.be

流動する複層――エサ=ペッカ・サロネンの音楽の自然の秩序

流動する複層――エサ=ペッカ・サロネンの指揮する音楽をそのような言葉で言い表してみたい欲望に駆られる。サロネンの音楽は、多声的でありながら、和声的なところに回収されない。縦のラインで輪切りにして、それを連続させるのではなく、相互に独立した横の流れを切断することなくそのまま層状に重ね合わせていく。

それぞれのパートやレイヤーが、スーラの点描画のように、他と混ざり合うことなく、自律したまま、全体を構成する。スーラと違うのは、サロネンの音楽の単位は静止した点ではなく、流動する線であるところだ。

点の集合体というよりも、流動する地層。しかも、それぞれの層に独自の生命力が備わっている。マクロなレベルで複数の音の流れがダイレクトにシンクロするけれども、中心点や上部構造がないリゾーム的な繋がり方。全体が釣り合っているけれども、重心のようなものがなく、まさに全体のバランスによって平衡状態が達成されている。

弦楽器のピチカートや管楽器や金管楽器の打ち込み、主旋律の裏の旋律が、主旋律と対等に迫ってくるけれども、そこには主旋律の座を奪ってやろうというような野心や対抗心がない。低弦は軽やかに高音と絡み合い、高音の管楽器が金管の下のほうと同調する。

どこかリゲティクラスターのように。

主と従のようなヒエラルキーがないというより、序列概念がそもそもサロネンの指揮には存在しないと言うべきだろうか。

さまざまな音型のあいだに余白がある。普段は聞こえない、聞こえづらい音が、さもあたりまえのようにふわりと浮上してくる。解像度は高いし、見透しもよいけれど、わざとらしさがない。裏の音を強調してやろうとか、隠れた構造を表面化させようという無理強い感がない。見る角度によって異なる模様が浮かび上がる織物のように、いくつかの可能性が音の表面で自然に共存している。

整理された混沌。

サロネンドビュッシーを深く敬愛する一方で、ラヴェルにたいしてはどこか距離を取っているのもよくわかる気がする。サロネンの音楽づくりにとってラヴェルはおそらく静的すぎるし、整いすぎている。理性的な正解ではなく、感性的な響きの質感のほうを選び取ることができるドビュッシーの明晰なファジーさ、澄んだ淀みこそ、サロネンの直感に連なるものだ。

ロサンゼルス・フィルハーモニアやフィルハーモニア管といった、一流以上超一流以下のオーケストラと長く付き合っているのも、似たような理由なのかもしれない。サロネンの音楽世界はなかなか異質なものであり、だからこそ、波長の問題があるのだろう。サロネンの音楽が求めているのは、個人技ではないし、超絶技巧でもない。オーケストラ全体のまとまりというわけでもない気がする。パートのウネリであり、さざ波のような微細な運動性から湧き上がる大局的な動きだ。

面白いことに、サロネンの手にかかると、縦に重なる音の響きこそというメシアンや、リズミックな縦ノリの律動こそというストラヴィンスキーすら、自律的な横の流れからなる層状音楽に聞こえてくる。

 

サロネンの指揮はどちらかというと鋭角的で、直線的なところがあるので、この流れのよさはどこか不思議な気もするけれども、サロネンの音楽の気持ちよさはカラヤンのような流線形とはまったく異なる。

サロネンの指揮姿はもっとキネティックであり、器械体操的な感じがする。だからサロネンの音楽には有無を言わせぬ物理的な快感があるのだけれど、にもかかわらず、知性的な興奮もある。おそらく、彼の抒情性が、感情的なものでもなければ感傷的なものでもないからだろう。

サロネンの感性は人間というよりは自然の秩序に通じている。

 

youtu.be

ポスト・コロナ時代のオーケストラの響き:室内楽的な水平性、マスとしてのまとまりの希薄さ

プルト」という単位は過去の遺物となってしまうのだろうか。

ここで弦奏者は、2人1組で譜面をシェアするのではなく、1人ずつ独立した譜面台を使っている。ひとりで譜めくりも演奏もこなさなければならないからだろう(プルト制であれば、ひとりが弾き続けるなか、もうひとりが譜面をめくることができた)、パート自体が完全な休みとなる箇所で譜面をめくることができるように、バイオリンはかなり横長の変則的なパート譜を使っている。

音源ではいまひとつわからない部分もあるけれど、このように奏者ひとりひとりの距離を広くとる空間配置だと、その音は、室内楽とオーケストラの中間のようなものになるのではないだろうか。

パートがパートとしてまとまるには、ある程度の距離的な近しさが必要だ。互いの音を聞き合わなければならないから。

そして、密集した配置のオーケストラでは、個々の奏者とオーケストラ全体の音は、必然的に、媒介的で間接的な関係を切り結ぶことになる。その他大勢にすぎない一弦楽奏者は、パートリーダーというハブを介して全体や指揮者につながることになる。序列的な上下関係が前提にある。

しかし、ここでは、奏者ひとりひとりがいわばソリストに近いようなかたちで、同じパートの奏者とつながり、指揮者とつながっているようになニュアンスを感じる。奏者間の関係が、奏者と指揮者の関係が、はるかに水平的で個別的なものになっているような感じがする。

もちろんそれでよりよい音楽になっているのかというと、さてどうだろう。

終結部のハ長調は、まさに、マスとしてのオケの音を前提とした音楽だ。個々の音が、足し算ではなく、掛け算のようにふくれあがる音楽だ。ソーシャル・ディスタンシングと原理的に相反する音楽。

ここで指揮者のサロネンはかなり遅いテンポを採り、室内楽的な繊細さを演出している。アプローチとして成功していると思う。けれども、マスになることで倍加された音というよりも、個々の音の離散的な集合という感じに聞こえてしまう部分がどうしてもある。

ストラヴィンスキーは、第一次大戦直後の人にも物にも事欠く時代のなか、戦前の大編成とは打って変わった独特の小編成からなる中品――旅芸人の音楽家集団を想定したような、雑多な編成による室内楽的作品――を発表していくが、アンサンブルの空間的配置やその音響性は、それぞれの時代の物理的状況によって条件づけられている部分がある。

奏者たちが距離を保ってアンサンブルすることがデフォルトとなった時代では、音楽の期待の地平がラディカルに変容していくのだろうか。

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キャス・サンスティーン『ナッジで、人を動かす』(NTT出版、2020):それとなく決定的な影響を与えることの倫理性

選択の誘導は、それ自体としては、たんなる技術でしかない。ある選択を優先的に促すようなアーキテクチャを作ることは、たんなる技術以上のものではあるが、それでも、ほかの選択が原理的にブロックされたり消去されたりしておらず、依然として選択者が自由に選ぶことのできる状況にあるのであれば、それは個人の幸福や自由や自律や尊厳を侵すものではないかもしれない。

つまるところ、自由な選択と言っても、本当の意味で自由であることはまれだ。わたしたちは自分たちが生まれ育った環境、いま自分が持っている資力や体力や知力、人間関係や居住地など、さまざまな要因のなかで可能になる、実際に選択可能なもののなかから選んでいるにすぎないのだから、ある選択を優先的に促すようなアーキテクチャは、tまったく特殊なものではない。完全なる選択の自由のほうがフィクションである。

キャス・サンスティーンは『ナッジで、人を動かす』の最初のほうで、古典的ベストセラーであるデール・カーネギー『人を動かす』を引き合いに出しながら、ナッジというファジーなもの(しかしそのような名前で呼ばれるまえからずっと存在していたもの)を説明しようとしているが、つまるところ、最新の心理学や行動経済学理論武装を取っ払ってしまえば、ナッジは古くからある統治技術や人心掌握術と劇的に違うわけではないとも言える。

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操作と誘導と影響は地続きであり、完全に区別することは不可能だろう。もちろん、熟慮をどの程度推奨するか(操作はそれを推奨しない)、自発的決定をどの程度促すか(誘導はそれを推奨しない)で、善意のものか悪意のものかといったパラメーターを考慮に入れることで、ある程度の差別化はできる。しかし、それでも、これらが同一線上のものであることは否定できない。

ナッジは悪のためにも善のためにも使える。ナッジは、強制ではない――強制されているという印象を与えないように注意深く設計された――影響であるからこそ、それを使うときには倫理性が求められるし、それがシステム設計の根幹にまで及ぶとなればなおさらである。

だからサスティーンの解説は二重になる。一方に、ナッジ自体の有用性(選択アーキテクチャによっていかに目的が効率的に達成されうるか)をめぐる説明があり、他方に、そのような選択的アーキテクチャを作り上げ、使用すること自体の正当性をめぐる説明がある。

こうしてサンスティーンは、くりかえし、福利 welfare、自由 freedom、自律 autonomy、尊厳 dignityについて語るのであり、それらが侵害されないようなかたちで、選択アーキテクチャを構築しようとする。

それはどうしようもなく矛盾した試みだ。選択アーキテクチャが任意の目的を達成するために構築されるものであるとするなら、設計者が選んでほしくないほうの選択を選ぶ余地をあらかじめなくしてしまうほうが、はるかに効率的である。しかし、それでは、倫理的なものがないがしろにされてしまう恐れがある。

効率最大化にたいするストッパーやブレーキとして、倫理的な価値観が導入されているといってもいいだろう。選択アーキテクチャにはそもそも備わっていない倫理性を、アーキテクチャに外装することでもあるし、さらにいえば、そのようなアーキテクチャの使用者の倫理性を鍛えることでもある。

こう言ってみてもいい。ナッジによる選択アーキテクチャは統計的に証明されたエビデンスを重視する結果主義――影響を与える側の意図や思惑を基準にした評価―――にもとづくが、倫理は個々人の内面や意思といった自発性(原因)主義――影響される側の判断を基準にした評価――であり、サスティーンの議論では、決して相容れることのないふたつのパラダイムがつねにせめぎ合っているのだ、と。

影響を与える側が正しいと考えていることが必ず正しいわけではない以上、それをくつがえし、キャンセルするための余地が、システムに内装されていなければならない、とも言える。実際、アメリカ独立宣言には、そのような自己変革の可能性――“whenever any Form of Government becomes destructive of these ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government”――が最初から書き込まれているわけで、この方向性自体は特別奇異なものではないが、この自己否定から自己改革に至るプロセスがあるかないかは、システムの健全さ(自己硬直化をどれだけ回避できるか)という意味で、決定的な意味を持つだろう。

原書のタイトルはThe Ethics of Influence: Government in the Age of Behavioral Scienceであり、邦題の『ナッジで、人を動かす』は、きわめてミスリーディングだ。邦題副題は「行動経済学の時代に政策はどうあるべきか」だが、これもやや誤解を招くものであるように感じる。サンスティーンの議論の核にあるのは、アーキテクチャ/アーキテクトの倫理性の問題なのだ。それはつまり、システムがもたらす統計的な結果をめぐる客観的な評価の問題というよりも、システムが体現する理念、システムを構築する政府、システムを使用する利用者といった、行為者をめぐる問題が、本書の中心にあるということだ。

「人を動かす」テクニックについて、サンスティーンが取り上げる事例は、どれも示唆的であり、そこからさまざまなノウハウを学ぶこともできるだろう。しかし、「人を動かす」ことと同じくらい、「人を動かしすぎない」ことも重要であり、だからこそ、「できることをあえてしない」という倫理が必要になってくる。

「倫理」という言葉を書名から完全に消してしまうという方向性は、プロモーション戦略としては理解できなくもない。しかし、それは、行動経済学の知見を悪用しない熟慮的な善きアーキテクチャ、しかも、自らを改善していく柔軟性を備えたアーキテクチャを構築しようとするサンスティーンの倫理的な態度を裏切るものではないだろうか。