サイモン・ラトルはもうすぐ70歳になろうとしているけれど、彼の作る音楽には若い頃から一貫した特徴がある。硬質でありながら柔軟なリズムの弾み方であり、ミクロなレベルでの高い運動性を、マクロなレベルでの音楽の全体的な強度へと昇華させる手腕だ。内…
20241103@静岡芸術劇場「イナバとナバホの白兎」 劇評ではなく備忘録として、とりあえず一筆書き的に記しておく。 *2019年6月の再演を見ているので、2回目の観劇体験。大筋では内容を覚えていたし、元ネタであるレヴィ・ストロースの文章を読み、かつ、そ…
20241103@静岡芸術劇場ロビー、フランスのルーアン市立コンセルヴァトワール学生による「フランスの歴史をテーマにしたミニパフォーマンス」 王政時代を象徴するらしいラシーヌとリュリに始まり、フランス革命によって王殺しが成し遂げられる。近代市民社会…
20241109@静岡市美術館「写真をめぐる100年のものがたり 100 Year Story of Photographyーー京都国立近代美術館コレクションを中心に」 説明的に見えるタイトルはその長さのわりには展覧会の内実を語っていない。というよりも、ここには、「写真をめぐる100…
ジョージ・ベンジャミンは決して指揮の巧い人ではない。メシアンに学び、自作のピアノ曲を自演できるほどのピアノの腕前を持つ作曲家であり、専門的な指揮者ではまったくない。とはいえ、現代音楽を専門とするアンサンブルと関係を持ち、ずいぶん指揮台に立…
翻訳語考。日本語になりにくい英単語はある。それは英単語の多義性が日本語の考え方とシンクロしない場合に起こりがちである。たとえば justice。 英語の justice は「正義」であると同時に「司法」を意味する。それはたしかに「正しさ」をめぐるものではあ…
翻訳語考。訳語に詰まって辞書を引いていると、思わぬ意味を発見するというか、「えっ、そういう捉え方のほうが大元にあったの?」ということに気がついて、過去の自分の翻訳を思い出して背筋が寒くなることがある。最近そのような経験をしたのは develop 。…
翻訳語考。autonomy とその形容詞 autonomous の訳語が意外と難物だ。哲学用語として使うなら「自律」で統一して問題ないと思うけれど、政治の文脈ではむしろ「自治」のほうが適切かもしれない。 しかし日本語の「自治」は安売りされているのではないかとい…
翻訳語考。カタカナ語として一部では通用しているものの、まだ広く受け入れられているとはいえない語はどうしたものか。それが普及する未来を当て込んでカタカナにするか、現在の読者のために時代遅れになるかもしれないリスクを引き受けて説明的な訳語を当…
ブーレーズとNYPによるブラームスの「ハイドン変奏曲」という動画をYouTubeで見つけたときは「えっ?」と思ったけれど、聞いてみると、たしかに音響バランスは70年代のブーレーズの演奏だ。管楽器のクリアな響き、低弦の運動性、内声の蠢き、リズムの硬質さ…
翻訳語考。定冠詞の the をどのように意味に反映させるかは、簡単なようで難しい。しかし、ちょっとした変更で意外と反映させられるものでもある。 たとえば、the two suspects というフレーズを最初は「二人の容疑者」と訳していたのだけれど、いま手直しを…
近年ますます長大になりつつあるらしいフレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーであり、観る前から長いことを分かっていた。4時間! 映画館でもなければ通しで観ることはかなわないだろうと思ったので、充分に身構えて観に行った。前半はやや退屈したと…
翻訳語考。Policing をどう訳そうか、悩む。リーダーズには police の動詞形は立項されており、「…に警察を置く; …の治安を維持する, 警備する; 管理[支配]下に置く, 監視[規制]する, 取り締まる」などの意味が記載されている。ネット上にあるプログレッシブ…
翻訳語考。訳し分けが難しい言葉群がある。たとえば local と regional と rural。どれも雑に言えば「地方の」と訳して間違いとは言えないものの、ニュアンスは異なる。それを的確に捕まえてくれる日本語がいまひとつ思いつかない。 このような場合に個人的…
翻訳語考。英単語の音をカタカナで転写するのは翻訳の放棄ではあるものの、カタカナ語が十分に日本語になっていれば、翻訳者の怠慢とまでは言えない。それに、下手に古臭い日本語にするよりも、カタカナにしたほうがフレッシュで、現代的なニュアンスを強く…
アラン・アルティノグリュのリズム感覚は何か非常に特殊なものかもしれない。彼の指揮する音楽を聞いていると、各パートにそれぞれ特有のテンポを割り振っており、彼がそのような複層的な時間構造を上位の次元で統合しているのではと思わされる。もちろん、…
翻訳語考。Well-ordered のような単語を日本語にするのは意外と難しい。リーダーズが掲げる日本語は「よく整理(整頓)された、秩序立った」。「well」をどこまで訳出すべきか、やはり考えてしまう。リーダーズの「(整頓)」はそのような逡巡の現われのよう…
久しぶりにラファエル・クーベリックとバイエルン放送響がデジタル録音初期の1980年に録音したモーツァルト後期交響曲集を聞いて「いい演奏だな」としみじみ思ってしまった。ブルーノ・ワルターとコロンビア響やNYPによる1950、60年代のモーツァルトがいまや…
翻訳語考。Federation を何と訳したものか。 国家形態を意味する語としては「連邦」とするのが妥当だろう。たとえば「ロシア連邦」は「Российская Федерация (Russian Federation)」であるし、「ドイツ連邦共和国」は「Bundesrepublik Deutschland (Federal …
正直、プルードンはよくわからない。『所有とは何か』はむかし日本語で読み、その後にフランス語でも読んだけれど、プルードンの論理の運びにうまくついていけないのだ。テクストの肌理にもなじめないところがある。唐突に感じられるところ、飛躍に感じられ…
20240921 「西洋絵画の400年」展@静岡市美術館 「西洋絵画の400年」というキャッチコピーが大写しになったポスターを街でよく見かけてはいたけれど、しっかり注意して見てはおらず、何となく「ヨーロッパのどこかの美術館からの貸出展か」と勝手に思ってい…
翻訳語考。比較級というのは実は厄介なものである。というのも、そこには、明言されていない文脈があり、言外のイメージがあるため、直訳すると言葉足らずになりがちだからだ。 Three more recent examples are worth a mention を「より近年の三例は言及に…
翻訳語考。-ist についてもうひとつ。個人的には、形容詞の「-ist」を「イスト」と転写して、あたかも名詞形「-ist」の「~人」のように読ませるのは、翻訳者の傲慢だとは思うけれど、そのようにあえて「誤訳」したほうがわかりやすくなるケースはある。 た…
翻訳語考。以前、-ist は名詞で使えば「~人」で、形容詞で使えば「~的」だが、そのことを十分に意識しないまま -ist をカタカナに転写して済ませるのは問題ではないかと書いたけれど、これはなかなか面白い問題であるような気もしてきた。 つまり、nationa…
翻訳語考。as I will show in this chapter というのは、よく目にする定番フレーズではあるものの、あえて直訳調スタイルの翻訳を実践する身としては、処理に困る言い回しでもある。 もちろん意味としては簡単だ。「わたしがこの章で示すように」と直訳すれ…
翻訳語考。Govern は「統治」で確定だろうとやや安易に思っていたのだけれど、OED を引いてみたら、訳語を考え直すべきかという気もしてきた。 一番の驚きは、govern の最初の意味として挙がっていたのが「統治する」ではなく、ヴィクトリア朝期の小説読者に…
翻訳語考。Rule of law は「法の支配」でよいのだろうか。ここでは rule の訳語について考えてみたい。 当然ながら、rule を「支配」とすることが誤訳ということはない。ただ、英語には、「支配」の意味をもつ単語はいくつもある。名詞では control、dominat…
シェーンベルクの音楽が自分にとっては自律した細部の譲らない自己主張から生まれる「軋み」の体験だとすると、ベルクは細密さが過ぎるがゆえにカオスに転落しつつある「複雑性」の体験である。シェーンベルクの音楽がどこか生臭く、青白く、ささくれ立った…
シェーンベルクの音楽には何とも言えない軋みを感じる。旋律の占める要因が高いようには思うが、和声の問題でもある。要するに、音と音がどこか溶け切らず、ぶつかり合ってしまっているように聞こえるのだ。各音の自己主張が強すぎて、誰も譲ろうとしない。…
「二人なら三人分働けるけれど、一人で二人分やることはできない[two people can do three jobs but one person cannot do two]」(Le Guin. The Last Interview and Other Conversations. 173)