万人による差別批判の表と裏:綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(平凡社、2019)

以下の文章は必ずしも綿野の議論の要約にはなっていない。彼の議論の流れに沿いながら、それをすこしべつのかたちに翻訳したものであり、こういってよければ、綿野の主題による変奏曲である。 差別を差別として認識しない(できない)私たちにいかに差別を認…

恋愛至上主義の最終的な肯定:「結婚できない男」(2006)

アマゾンプライムに入っていた「結婚できない男」をだらだらと見た。たしかに面白い。多少の中ダレはあるものの、シーズン終わりまで見させるだけの牽引力はある。しかし、見た後にあまり何も残らないのは、結局すべてが恋愛に還元されており、ありきたりの…

様式性のなかの写実性:「円山応挙から近代京都画壇へ」

20190916@東京藝術大学 円山応挙の写生画はいったいどこまでリアリズム的なのか。応挙がスケッチに心を砕いていたことは、彼の写生帖を見ればよくわかる。そこではまさに写実的に草花が写し取られている。デフォルメも誇張もなく、葉の一枚一枚、花びらのひ…

「強制をともなわない欲望の再配置」:ガヤトリ・スピヴァク、大池真知子訳『スピヴァク みずからを語るーー家・サバルタン・知識人』(岩波書店、2008)

ある言語を学ぶたった一つの理由は、その言語で詩を読めるようになるためです。(34-35頁) ここには2003年から2004年にかけて行われた4つのインタビューが収められている。ポスト911の時代の空気がただよっているが、会話の中心となるのは、副題あるように…

教えることのいかがわしさ:エリック・ホッファー、田中淳訳『波止場日記――労働と思索』(みすず書房、2014)

真に生きているとは、すべてが可能と感じることである。(173頁;1959年3月4日) 学ぶことの歓び、教えることのいかがわしさ ホッファーが湾岸での肉体労働のかたわらで書き溜めた日記のなかの思索をひとことでまとめれば、そうなるかもしれない。学びは歓び…

「われわれのフーリエ」:フェリックス・ガタリ、杉村昌昭訳・編『<横断性>から<カオスモーズ>へ――フェリックス・ガタリの思想圏』(大村書店、2001)

私は理論的資料や哲学的資料のなかから役にたちそうなものをつまみ食いする泥棒なのです。しかし、あまり情報に通じていない泥棒です。泥棒はよく壁にかかっている大家の絵の横を通りすぎて、自分の気に入った小物を盗んだりするのですよ。私の場合もそれと…

進化の予測(不)可能性:ジョナサン・B・ロソス、的場知之訳『生命の歴史は繰り返すのか?』(科学同人、2019)

進化は繰り返すか、繰り返さないか:グールドVSコンウェイ=モリス 進化は繰り返さない、よって予測不可能である(スティーヴン・ジェイ・グールド)。進化は繰り返す、よって予測可能である(サイモン・コンウェイ=モリス)。 正しいのはどちらか。ジョ…

相反するものが共存する新しい関係の発見:西脇順三郎『詩学』(筑摩書房、1969)

少々風変わりな読書体験 不思議な文章だ。前へ前へと進んでいくというよりは、同じところに何度も立ち返り、同じことを別のかたちで言いかえる。反復が奇妙なリズムを作り出す。あちらこちらへと逸れたかと思うと、いつの間にか別の議論が始まっている。同じ…

音そのものの豊饒な複雑さ:フランソワ・ドゥラランド、柿市如訳『クセナキスは語る――いつも移民として生きてきた』(青土社、2019)

音楽の捉え方を開く、音そのものの豊饒な複雑さを音楽にする クセナキスは西洋音楽のパラメーターを変えようとした。ブーレーズたちのトータル・セリエリズムはパラメーターを精緻化し、その複雑性のすべてをコントロールしようと試みたけれど、クセナキスは…

暴力が不平等を解体する:ウォルター・シャイデル、鬼澤忍・塩原通緒訳『暴力と不平等の人類史――戦争・革命・崩壊・ 疫病』(東洋経済新報社、2019)

暴力がもたらす平準化 歴史を統計的に見ることで、物理的現象のように扱うことで、くっきりと見えてくるパターンがある。不平等の進展こそが石器時代から21世紀までの歴史の常態であること、科学技術の発展も産業構造の変化も不平等を増大させてきたこと、そ…

遠い過去の恩に報いる義務:劉慈欣(リウ・ツーシン)「神様の介護係」、ケン・リュウ編『折りたたみ北京――現代中国SFアンソロジー』(早川書房、2018)

遠い過去の恩に報いる義務はあるか 人間文明に宇宙人という起源があったとしたら、そして年老いた宇宙人が地球にやってきて、人間文明の創造主であることを口実に、20億人にもおよぶ「神」の介護を求めるとしたら。劉慈欣の「神様の介護係」は、この壮大な奇…

甘やかな惑星宿命論に身をゆだねる:新海誠『天気の子』(2019)

ポスト・エヴァとしての新海アニメ 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』にたいする返答として『天気の子 Weathering with You』を捉えてみると、セカイ系的物語世界とギャルゲー的プロット展開で新海誠の新作が取り扱おうとした責任感と罪悪感の問題がクリアに浮…

指揮者の学び、指揮者の教え:ジョン・マウチェリ『指揮者は何を考えているか』(白水社、2019)

教育者でもある指揮者が書いた指揮の神秘と現実についての書 奇妙というか、不思議な本だ。ここでは率直さと神秘さが共存している。学究的姿勢とノスタルジーが共鳴している。 ジョン・マウチェリはレナード・バーンスタイン門下といっても差し支えないであ…

分析の学、実践の学:大澤真幸『社会学史』(講談社現代新書、2019)

ヘーゲルの『精神現象学』に、「誤ることへの恐怖こそが誤りそのものに他ならない」という言葉があります。これは学問について述べたことですが、同じことは、社会変革についての実践にも言えます。失敗への恐怖こそが純粋な失敗である、と。(630頁) すで…

加害者と被害者のあいだの非対称性:姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋、2018)

小説は事実的に正しくなければならないのか この小説の「竹内つばさ」が東大生「すべて」を象徴していると考えるのは誤りであるし、東大生の「平均」を表していると受け取るのもやはり正しくないだろう。本書をめぐって駒場キャンパスで開かれたブックイベン…

自律と啓蒙のススメ:中野好夫『私の憲法勉強』(講談社現代新書、1965;ちくま学芸文庫、2019)

一般市民の果たすべき義務と責任についての倫理的問いかけ 倫理的に考えれば騙す方が悪い。しかし、だからといって、騙された方に責任がないわけでもない。騙された方が責任を問われないわけではない。とくにそれが個人同士の事柄ではなく、国全体を巻き込む…

れいわ新撰組山本太郎政見放送

イデオロギー的にも心情的にも、理性的にも感性的にも、山本太郎の言っていることに大いに賛同していいはずであるにもかかわらず、彼の語る言葉にたいしてうまく言葉にできない微妙なひっかかりを感じてしまう。なぜなのかと自分でも不思議に思う。だからこ…

ミイラの鉱物性と樹木性:「古代アンデス文明展」

20190710@静岡県立美術館 ミイラの鉱物性と樹木性 体育坐りをするかのように膝を両手で抱きかかえたままミイラ化した女性。のけぞった頭のせいでむき出しになった顎の下のくぼみは老木の節のようである。肉が乾き、骨を覆うだけになった皮膚は黄ばんだ和紙…

虚構をまるで現実のように読ませる:カルラ・スアレス、久野量一『ハバナ零年』(共和国、2019)

探偵だと思っていたのにいつのまにか追われる方になっていた、操っている方だと思っていたらいつのまにか操られる方になっていた。いつのまにかエージェンシーが侵食され、他人の駒を演じさせられていることに気づいてしまう。自分が主役の現実世界の話なの…

いまここにあるのよりもっといいものがある:チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、くぼたのぞみ訳『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』(河出書房新社、2017)

フェミニストじゃなくていい人なんてひとりもいない タイトルがすべてを語っている。「男も女もみんなフェミニストでなきゃWe Should All Be Feminists」。ナイジェリアの小説家アディーチェが2012年にTEDxEustonで行ったトークの加筆版である本書は、100頁…

「閉じた本まで開いた本として読んでいる」:市田良彦『ルイ・アルチュセール――行方不明者の哲学」』(岩波新書、2018)

閉じた本まで開いた本として読んでいる。本の不在も開いた本として読んでいる。(アルチュセール、フランカへの手紙、1964年2月2日、77頁) アルチュセールはマルクス本人が自ら語ろうとはしなかった「マルクスの哲学」を分節しようとしたが、市田良彦もまた…

狂気に隣接する愛の憧れのもどかしさ:スコット・フィッツジェラルド、上岡信雄訳『美しく呪われた人たち』(作品社、2019)

青年期の男の物語、または狂気に隣接する愛の憧れのもどかしさ スコット・フィッツジェラルドの長編第2作『美しく呪われた人たち』(1922)は、フィッツジェラルドがつくづく青年期の白人男の決して充たされえない愛の物語を書いたのだということを思わせず…

「世界の本質的な不可知性を抱きしめる」:レベッカ・ソルニット、井上利男訳『暗闇のなかの希望――非暴力からはじまる新しい時代』(七つ森書館、2005)

希望のクロニクル 希望のクロニクルを書くこと。ソルニットがポスト911時代のなか自らに課した仕事を、そのように性格づけてみてもいいかもしれない。ソルニットはテロから戦争へという暗く暴力的な時代に突入するなかにあって、非暴力的な希望の可能性を、…

科学の友フェミニズム:アンジェラ・サイニー『科学の女性差別とたたかう――脳科学から人類の進化史まで』(作品社、2019)

ヒトの可塑性 サラ・ブラファー・ハーディーは霊長類学者としてインド北西部でサルの一種であるハヌマンラングールの調査を行ない、雄ザルによる子殺しが、繁殖集団の外からやってくる雄ザルによる仕業であること(子ザルを殺すことで雌ザルを繁殖可能な状態…

等価性の原理:フレデリック・ワイズマン『エクス・リブリスーーニューヨーク公共図書館』(2017)

20190616@静岡シネ・ギャラリー 変奏曲として、または多面性の表象 バッハの『ゴルトベルク変奏曲』の「アリア」がクレジットの入りとともに流れ出すとき、わたしたちは、このドキュメンタリーが変奏曲のようなものであったことに気がつく。同一主題の差異…

「ネイティブは日常、非ネイティブはユートピア」:多和田葉子『地球にちりばめられて』(講談社、2018)

重なり合う糸、閉じない端 無関係にみえた人びとが言葉をめぐる冒険をとおして撚り合わされていく。しかし、言語の冒険物語は、決して大団円にはたどりつかない。糸はほどけ、突如として断ち切られる。 それは、多和田の小説が解決をめざしていないからだろ…

存在がなければ生成はない:グレアム・ハーマン、上野俊哉訳『非唯物論』(河出書房新社、2019)

ポスト・ヒューマン いまひとつよく理解できないでいるのだが、ハーマンが「非唯物論 Immaterialism」という言葉で名指そうとしている思想は、ポスト・ヒューマン的なものであると言っていいような気はしている。人間というカテゴリーが完全に抜け落ちるわけ…

キャシー・ジェイ『The Red Pill』(2016)

20190512@常葉大学静岡草薙キャンパス 向こう側がどう感じているか コンセプトは決して悪くない。「向こう側」がどのように感じているか、真摯に知ろうとすること、それは重要なことだ。フェミニズムによって女性の社会的権利は拡大し、男女のあいだの不平…

宮城聰作・演出『イナバとナバホの白兎』

20190609@静岡芸術劇場 spac.or.jp 純粋な高揚感、または内容と強度 宮城の演劇が観客に与えるのは、感動というよりも高揚だ。身体的でもあれば精神的でもある高揚。もしかすると魂の高揚と言ってしまっていいのかもしれない。高揚であって感動でないのは、…

生物学的真実と社会学的現実の衝突:池上英子『自閉症という知性』(NHK出版、2019)

自閉圏の人びとのユニークな感性と知性 もし自閉症的なもの――「自閉圏のautistic」と著者が呼ぶもの――がスペクトラム的なものであり、欠損や欠如ではなく、差異でありグラデーションのように連続的なものであるとしたら、それはたしかに「認知特性」と考える…