うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

オブラートという日本語

図書館の新刊本の棚にあった小菅陽子『ウィーン菓子図鑑』(誠文堂新光社、2022)をパラパラめくっていたら、リンツァートルテというお菓子は「生地とジャムが混ざらないように間にオブラートを挟んで焼きます」(17頁)とあった。「そんな変わったことをす…

作曲の仕事を理解すること:チャールズ・ローゼン、キャサリン・テマーソン、笠羽映子訳『演奏する喜び、考える喜び』(みすず書房、2022)

テマーソン 音楽は演奏されなくても存在するのでしょうか? ローゼン ええ、存在します。音楽を頭の中で演奏解釈したり、それを耳にすることなく、詩のように読んだりすることができますから。それは、演劇作品を読んだり、その演出を想像したりするのと同様…

すぐれたエンタメ映画として、すぐれた商品として:新海誠『すずめの戸締り』

20221114@Cinezart エンタメ映画としてはよくできていると思う。2時間を飽きずに見させてくれるし、最後の20分での盛り上がりも申し分ない。きちんと感動させてくれる。商品としての出来は申し分ない。 『風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』の物語をミック…

峻厳な音楽、異化するモダニズム:ギュンター・ヴァントの醒めた超越性

峻厳という言葉がギュンター・ヴァントほど似合う指揮者はこれまでもこれからも存在しないのではないかという気がしてならない。ヴァントの音楽の鋭さは比類ない。ほとんど人を拒むような、音だけを求めるような、孤高の高貴さ。 1912年生まれヴァントは21世…

ケアの価値転換:ケア・コレクティヴ、岡野八代、冨岡薫、武田宏子訳『ケア宣言——相互依存の政治』(大月書店、2021)

ケアにまつわる皮肉は多くありますが、そのなかの一つには、実際には富裕層こそが最も依存的であり、彼女たち・かれらは、数え切れないほどの個人的な仕方で、お金を支払う見返りにサーヴィスを提供してくれる人たちに依存している、という皮肉があります。…

近代史への問いかけ、美学的な退行:宮城聰演出、ヘンリック・イプセン『ペール・ギュント』

宮城聰演出、ヘンリック・イプセン『ペール・ギュント』20221106@静岡芸術劇場 双六が舞台を支配している。サイコロの目がマスにあしらわれた、舞台奥が高くなるように傾斜した、とてつもなく巨大な双六盤が、舞台中央を覆うように、少し斜めに置かれている…

うまくいかない日本近代批判:宮城聰演出、ヘンリック・イプセン『ペール・ギュント』

宮城聰演出、ヘンリック・イプセン『ペール・ギュント』 20221008@静岡芸術劇場 宮城聰は日本近代の問題を自身の演出に批判的なかたちで取り入れようと苦闘し続けている。ヘンリック・イプセンの最後の韻文劇『ペール・ギュント』自体がそもそも西欧植民地…

ビジネス的なセンス:静岡市美術館「ピーターラビット展」

20221022@静岡市美術館「ピーターラビット展」 そこまで興味があるわけではないけれど、とりあえず足を運ぶ。わりと発見はあった。 ビアトリクス・ポターは博物学的な素養を身に着けており、キノコや菌類について論文を書いたほどだが、当時の学会の女性軽視…

巻物という特異なメディアのパノラマ性:静岡県立美術館「絶景を描く——江戸時代の風景表現」

20221021@静岡県立美術館「絶景を描く——江戸時代の風景表現」 無料鑑賞券を手に入れていたので、無駄にするのもよくないと思い、今週末には終わるこの展覧会に行ってきたわけだけれど、いまひとつピンとこない展示だった。ざっと流し見た自分が悪いのは承知…

「暗い情念の流動体」:ダレル『アレクサンドリア四重奏』(河出書房新社、2007)

なぜなら人間とは土地の精神の延長にほかならないからだ。(『ジュスティーヌ』219頁) 相対性原理の理論は、抽象画や、無調音楽や、無定形(あるいはとにかく循環形式しかない)文学に対して直接の責任がある . . . (『バルタザール』171頁) わたしたちア…

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』「愛の死」の分析7:1952年フラグスタート

1936年のコヴェントガーデンでの伝説的な公演記録から16年が過ぎている。フラグスタートはもう60手前。引退を考えるとまではいかないとしても、最盛期のころのレパートリーを最盛期のように歌うことは、肉体的に厳しくなってきている。 声が重く、暗い。輪郭…

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』「愛の死」の分析7:1936年フラグスタート

1936年のコヴェントガーデンでの伝説的な公演記録で歌うキルステン・フラグスタートの声はいまだに若い。1895年生まれだから、まだ40歳前半で、キャリア的には最盛期にあると言っていいだろうか。フリッツ・ライナーの折り目正しい楷書体の指揮と相まって、…

チルギルチンの公演を聞いていくつか考えたこと

昨日の チルギルチンの公演を聞いていくつか考えたこと(YouTube で Chirgilchin 検索するといろいろと音源が出てくる)。 *ユニゾンは斉唱の第一歩なのか司会の巻上によれば、チルギルチンは伝統的なものを引き継ぐ一方で、現代的なアレンジも加えていると…

大地を響かせ、空気を震わせる――ロシア連邦トゥバ共和国のチルギルチン

20221009@グランシップ中ホール・大地 ホーメイという唱法はなんとなくは知っていた。しかし、ひとりでふたつの音を同時に出す技法ということ以上のことは知らなかったし、あえて調べてみようという気にもならないまま、ここまで生きてきた。ロシア連邦トゥ…

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』「愛の死」の分析6(試訳、私訳)

Mild und leise なんと穏やかに、静かに、wie er lächelt, 彼は笑っていることか。wie das Auge なんと優し気にあの人はhold er öffnet --- 目を開いていることか——seht ihr's Freunde? 見えるでしょう、あなたたちにも? Seht ihr's nicht? 見えないのです…

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』「愛の死」の分析5(日本語にすると、多少の文法解説を添えて)

日本語にすると 多少の文法解説を添えながら日本語にしてみる。ただ、わたしのドイツ語力はかなり適当なので、以下の説明にはさまざまな誤りがあるかもしれないことをあらかじめお断りしておく。 Mild und leisewie er lächelt,wie das Augehold er öffnet -…

複数的な演出原理の説明なき同居:石神夏希演出、三島由紀夫「弱法師」

20220917@舞台芸術公園稽古場棟「BOXシアター」 「扇風機もございませんし」とは言うが、扇風機はある。「喧嘩の場所じゃございませんのですから、ここは」とは言うが、段々になった観客席に四方から取り囲まれた正方形の白い床の舞台はまるでリングのようで…

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』「愛の死」の分析4(歌うとなると、音節は)

歌うとなると、音節は イタリア語が歌いやすいのは、音節が母音で終わる場合がほとんどだからだろう。それとは逆に、ドイツ語は、子音で終わる音節が多い。ということは、1音のなかで、母音部分と子音部分をわけて発音しなければいけなくなるということだ。 …

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』「愛の死」の分析3(楽譜を添えて)

楽譜を添えて では楽譜を添えてみるとどうなるか。1拍目と3拍目の入りと言葉のアクセントがシンクロしているところは太字の斜体にして、括弧で1拍目か3拍目を明記する。シンコペーションで言葉のアクセントが入ってくる箇所は赤字にする。また、詩行の終わり…

初めて交番に入る(落とし物を届けるために)。

交番に入ったのはもしかすると生まれて初めてのことだったかもしれない。落とし物を届けるために立ち寄ったのだけれど、それほど広くないスペースに4人もいて、そんなに人員が要るのかと反射的に思ったけれど、緊急事態、不測の事態に対応するためには、何が…

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』「愛の死」の分析2

音節で分ける 西洋語は音節に分割できる。音節は、母音を核として、その前後にひとつまたは複数の子音をまとう。たとえば、Liebe は Lie と be の2音節、Tod は1音節の単語になる。 ここで注意したいのは、母音は、レター(綴り)ではなく、サウンド(音)で…

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』「愛の死」の分析1

イゾルデは死んでいるのか? 慣習的に「愛の死 Liebestod」と呼ばれるワーグナー『トリスタンとイゾルデ』の最後の部分では、まったく興味深いことに、Liebe も Tod も歌詞には一度も現れない。 Mild und leisewie er lächelt,wie das Augehold er öffnet --…

言葉と肉体によるコンテンポラリーダンス:オマール・ポラス『私のコロンビーヌ』

20220503@静岡芸術劇場 舞台の最中に突然携帯電話の呼び出し音が鳴り響く。わたしたちはひどく驚き、不届き者はいったい誰なのかと苛立たし気に辺りを見回す。自分のものではなかったことに安堵しながら。スタッフすら不測の事態に浮足立っているようだに見…

トスカニーニがエリザベス2世のために振った国歌。

トスカニーニがフィルハーモニア管弦楽団を振った唯一(だと思う)の録音であるブラームス交響曲全集はたしか2000年代初めにTestamentから発売されて、その当時トスカニーニをよく聞いていたのですぐに渋谷のタワレコに買いにいったはず(もしかしたらHMVだ…

翻訳語考。Man of scienceは「科学者」か。

A man of science というフレーズがある。現在ではあまり使われない言い回しだが、19世紀の英語の文章でよく目にする。Google Ngram Viewer で見ると、1740年代後半から使用が始まり、1760年から70年にかけて急増した後、1872年まで増加傾向にあった。しかし…

翻訳語考。集合的な名称をどう訳すか。

翻訳語考。集合的な名称をどう訳すか。英語は -er や -ian のような接尾辞を土地の名前につけることで、「~人」のような意味の単語を作ることができる。たとえば、New Yorker であるとか、California というように。けれど、これを「ニューヨーク人」とか「…

有機性による無機性:アルディッティ弦楽四重奏団+野平一郎によるオール・クセナキス・プログラム

20220903@静岡音楽館AOI クセナキスの音楽はもしかすると、ウェーベルン的と言いたくなるような断片的ブロックを、非有機的なかたちに繋いだような構造になっているのではないかと、譜面をめくる演奏家たちの所作を見ながら初めて思い至った。 アルディッテ…

狂気の約束を受け取った責任の行方:唐十郎、宮城聰演出『ふたりの女』

20220430@舞台芸術公園「有度」 唐十郎の『ふたりの女』は妄想の約束を受け取った責任をめぐる物語なのかもしれない。紫式部の『源氏物語』とチェーホフの「六号病棟」を本歌とするらしいこの戯曲は、ミイラ取りがミイラになるお話と言って差しつかえないだ…

意図された(されなかった)消化不良:アルベール・カミュ、ディアナ・ドブレヴァ演出、イヴァン・ヴァゾフ国立劇場『カリギュラ』

20220429@静岡芸術劇場 4カ月遅れの劇評、というか、記憶の発掘(これは観劇後のちょっとしたメモと、冒頭だけ書いて放ってあったものをいまさらながらに補完したもの)。 頭のてっぺんを観客に向け、足先を上にまっすぐ突き出し、白黒の格子模様の床に、俳…

職人的な芸術家:ミシェル・アルシャンボー、笠羽映子訳『ブーレーズとの対話』(法政大学出版局、2022年)

ピエール・ブーレーズは怠惰を嫌い、創意を愛していた。複雑さを好み、複雑なものを理解し鑑賞するために努力を払わない者を軽蔑していた。 いや、もしかすると、軽蔑していたというよりも、そのような怠け者の心情にたいしてこれっぽっちも共感を抱けなかっ…