うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

翻訳語考

翻訳語考。近代日本語(西欧語の翻訳のための造語)の権威性・権力性

翻訳語考。集団生活においてほとんど自然発生的に立ち上がってくるような関係を、単純に権力的なものに転化させないためには、かなり繊細な用語選択が必要であるように思うのだけれど、そうなっていないことが多い。というよりも、西欧語と(近代)日本語の…

翻訳語考。Just/Justice の翻訳可能性。

翻訳語考。日本語になりにくい英単語はある。それは英単語の多義性が日本語の考え方とシンクロしない場合に起こりがちである。たとえば justice。 英語の justice は「正義」であると同時に「司法」を意味する。それはたしかに「正しさ」をめぐるものではあ…

翻訳語考。develop の discover と create のニュアンス。

翻訳語考。訳語に詰まって辞書を引いていると、思わぬ意味を発見するというか、「えっ、そういう捉え方のほうが大元にあったの?」ということに気がついて、過去の自分の翻訳を思い出して背筋が寒くなることがある。最近そのような経験をしたのは develop 。…

翻訳語考。autonomy は「自律」か「自治」か。

翻訳語考。autonomy とその形容詞 autonomous の訳語が意外と難物だ。哲学用語として使うなら「自律」で統一して問題ないと思うけれど、政治の文脈ではむしろ「自治」のほうが適切かもしれない。 しかし日本語の「自治」は安売りされているのではないかとい…

翻訳語考。「コレクティヴ」は許容範囲内か。

翻訳語考。カタカナ語として一部では通用しているものの、まだ広く受け入れられているとはいえない語はどうしたものか。それが普及する未来を当て込んでカタカナにするか、現在の読者のために時代遅れになるかもしれないリスクを引き受けて説明的な訳語を当…

翻訳語考。定冠詞の the の訳し方。

翻訳語考。定冠詞の the をどのように意味に反映させるかは、簡単なようで難しい。しかし、ちょっとした変更で意外と反映させられるものでもある。 たとえば、the two suspects というフレーズを最初は「二人の容疑者」と訳していたのだけれど、いま手直しを…

翻訳語考。Policing の行為主体に焦点を当てるか、行為に焦点を当てるか。

翻訳語考。Policing をどう訳そうか、悩む。リーダーズには police の動詞形は立項されており、「…に警察を置く; …の治安を維持する, 警備する; 管理[支配]下に置く, 監視[規制]する, 取り締まる」などの意味が記載されている。ネット上にあるプログレッシブ…

翻訳語考。訳し分けの難しい単語群(local と rural と regional)。

翻訳語考。訳し分けが難しい言葉群がある。たとえば local と regional と rural。どれも雑に言えば「地方の」と訳して間違いとは言えないものの、ニュアンスは異なる。それを的確に捕まえてくれる日本語がいまひとつ思いつかない。 このような場合に個人的…

翻訳語考。「共同体 community」と「コミュニティ community」の微妙なズレ。

翻訳語考。英単語の音をカタカナで転写するのは翻訳の放棄ではあるものの、カタカナ語が十分に日本語になっていれば、翻訳者の怠慢とまでは言えない。それに、下手に古臭い日本語にするよりも、カタカナにしたほうがフレッシュで、現代的なニュアンスを強く…

翻訳語考。Well-ordered を「〈よく〉秩序立った」とするのは過剰か。

翻訳語考。Well-ordered のような単語を日本語にするのは意外と難しい。リーダーズが掲げる日本語は「よく整理(整頓)された、秩序立った」。「well」をどこまで訳出すべきか、やはり考えてしまう。リーダーズの「(整頓)」はそのような逡巡の現われのよう…

翻訳語考。Federation を「連邦」で固定できない理由。

翻訳語考。Federation を何と訳したものか。 国家形態を意味する語としては「連邦」とするのが妥当だろう。たとえば「ロシア連邦」は「Российская Федерация (Russian Federation)」であるし、「ドイツ連邦共和国」は「Bundesrepublik Deutschland (Federal …

翻訳語考。厄介な比較級。

翻訳語考。比較級というのは実は厄介なものである。というのも、そこには、明言されていない文脈があり、言外のイメージがあるため、直訳すると言葉足らずになりがちだからだ。 Three more recent examples are worth a mention を「より近年の三例は言及に…

翻訳語考。-ist についてさらにもうひとつ。

翻訳語考。-ist についてもうひとつ。個人的には、形容詞の「-ist」を「イスト」と転写して、あたかも名詞形「-ist」の「~人」のように読ませるのは、翻訳者の傲慢だとは思うけれど、そのようにあえて「誤訳」したほうがわかりやすくなるケースはある。 た…

翻訳語考。-ist の問題をもう一度。

翻訳語考。以前、-ist は名詞で使えば「~人」で、形容詞で使えば「~的」だが、そのことを十分に意識しないまま -ist をカタカナに転写して済ませるのは問題ではないかと書いたけれど、これはなかなか面白い問題であるような気もしてきた。 つまり、nationa…

翻訳語考。as I will show in this chapter の訳しにくさ。

翻訳語考。as I will show in this chapter というのは、よく目にする定番フレーズではあるものの、あえて直訳調スタイルの翻訳を実践する身としては、処理に困る言い回しでもある。 もちろん意味としては簡単だ。「わたしがこの章で示すように」と直訳すれ…

翻訳語考。「Govern=統治」の再検討。

翻訳語考。Govern は「統治」で確定だろうとやや安易に思っていたのだけれど、OED を引いてみたら、訳語を考え直すべきかという気もしてきた。 一番の驚きは、govern の最初の意味として挙がっていたのが「統治する」ではなく、ヴィクトリア朝期の小説読者に…

翻訳語考。Rule of law は「法の支配」でよいのだろうか。2。Rule は「支配」でよいのか。

翻訳語考。Rule of law は「法の支配」でよいのだろうか。ここでは rule の訳語について考えてみたい。 当然ながら、rule を「支配」とすることが誤訳ということはない。ただ、英語には、「支配」の意味をもつ単語はいくつもある。名詞では control、dominat…

翻訳語考。Constitution の訳しづらさ。

翻訳語考。Constitution は訳しづらい。リーダーズは6つの定義(6つ目は固有名なので除外する)を挙げている。つまみ食い的にリストアップすると、「1.制定、2.構成、構造、組織、3.体格、体質、4.機構、政体、5.憲法」。 接尾辞 -tion で名詞化さ…

翻訳語考。Rule of law は「法の支配」でよいのだろうか。1

翻訳語考。Rule of law は「法の支配」と訳せば過不足ないだろうか。定訳として確立されているという意味では、そうするのが模範解答ではある。しかし、rule にしても、law にしても、それぞれ問題があるように思われる。ひとまずここでは law について考え…

翻訳語考。「間」と「pause」のズレ、または訳語が原語よりも多義的な場合。

翻訳語考。戯曲を読んでいると、「(間)」というト書きと遭遇する。いま読んでいるベケットの『ゴドーを待ちながら』の場合、どちらもベケット自身の手になるフランス語版と英語版があるけれど、邦訳における「間」に相当するフランス語は「un temps」であ…

翻訳語考。practical は practice の形容詞系なのだろうか。または、「的」の問題。

翻訳語考。practical は practice の形容詞系なのだろうか。そのとおりではあると思う。しかし、では、practice を「実践」と訳せるからといって、practical を「実践的」と訳していいものだろうか。 フランス語の pratique ならそれもありかなと思い、仏和…

翻訳語考。「From each according to his ability, to each according to his needs」の訳し方。

マルクスの『ゴータ綱領批判』で使われていること有名な「Jeder nach seinen Fähigkeiten, jedem nach seinen Bedürfnissen!」というフレーズがある。スタンダードな英訳は「From each according to his ability, to each according to his needs」だろうか…

翻訳語考。All の別の訳し方、「つねに」または「例外なく」。

翻訳語考。All を、量的な「すべて」ではなく、時間‐頻度的な「つねに」や、条件的な「例外なく」にすり替えることは、どこまで許容されるだろうか。 All redistributive reforms face this challengeは、素直に訳せば、当然ながら、「あらゆる再分配的な改…

翻訳語考。equal は「平等」か「対等」か。

翻訳語考。equal は等号記号の「=」であり、数字的な意味での「同量」——twice 3 is equal to 6——を表すが、同時に、ひとつずつ足し合わせてピッタリ同じというよりも、トータルな意味での「同等」——we are equal——の両方をカバーしているように思う。つまり…

翻訳語考。「生きづらさ」は翻訳できるのか。

「生きづらさ」というワードに、英語を教える者として、引っかかるものがある。どのような英訳が妥当かが、いまひとつわからないのだ。「hard to live」は違うような気がするし、そもそもこれだと名詞化できない。かといって「difficult」を使って、「diffic…

翻訳語考。日本語における一人称複数の不在?

翻訳語考。一人称複数。日本語の一人称単数はバリエーション豊かであり、表記もいろいろと選べる。しかし、一人称複数のほうはどうだろう。ひょっとして、日本語には、一人称単数の複数形——わたし+たち、われ+われ、ぼく+ら、などなど――ではない、固有の…

翻訳語考。人名表記。Romanes をどう転記するか。

人名は本当に困る。George Romanes(1848‐94)という進化生物学者がいる。ダーウィン(1809‐82)より40歳近く若い Romanes は、晩年期のダーウィンのリサーチ・アシスタントを務めたばかりか、未出版の原稿を託されるほど、ダーウィンから信頼されていた。ハ…

翻訳語考。「意図的」であることと「誤訳」であることの差。

日本政府の「意図的な誤訳」とまで言い切っていいのだろうか。「意図的」というのには同意する。しかし「誤訳」とまで言えるのかどうか。 原文は「We support the IAEA’s independent review to ensure that the discharge of Advanced Liquid Processing Sy…

翻訳語考。地名の問題。

翻訳語考。地名の問題。1914年に書かれた英語の文献に出てくる「Kieff」をどのように日本語の音に転写するべきだろうか。 キリル文字をラテン文字(英語などでおなじみのいわゆる「アルファベット」)に転写する明確なシステムが導入された最初の例は、1899…

翻訳語考。漢字をどのくらい使うか、または外国語起源だと知らなかった言葉の発見(「カンパ」はロシア語からの借用語)

翻訳語考。字面を黒く詰める(漢字に変換するか)、白く伸ばす(ひらがなカタカナをつかうか)かは、結局のところ、翻訳者の恣意的な判断にゆだねられるものだろう。 たしかに、英語史的には借用語と言えるロマンス語系列の言葉には漢語を、古層にして中核を…