翻訳語考。比較級というのは実は厄介なものである。というのも、そこには、明言されていない文脈があり、言外のイメージがあるため、直訳すると言葉足らずになりがちだからだ。
Three more recent examples are worth a mention を「より近年の三例は言及に値する」と直訳してダメではないが、これだと、more recent が、「前出の数十年前と比較すれば、相対的に現時点から近い」というニュアンスがあまり出ない。
また、これだと、言及に値しない他の例があること、つまり、「recent examples はそれなりにあるなかでの三つ」という全体像が見えないだろう。
というわけで、ここは「近年では、言及に値する実例が三つある。」と訳してみる。前段落が数十年前の話だから、「近年では」とすることで比較になっていることが伝わるだろうし、「言及に値する」を前に出すことで、「言及に値しない例」もあることが伝わるのではないか。
基本的に、英語は全体像を視野に入れてから、ズームしていく流れのほうが多いけれど、ところどころで、このように主語を大胆にクロースアップで映し出すときがある。
このあいだ、東郷雄二『中級フランス語 あらわす文法』を読んでいたら、フランス語は情報が新出か既出かで語順や文型が変わると言うようなことが書いてあって、これまで漠然としか理解していなかったことがだいぶ整理されたし、冠詞のないロシア語では定冠詞的なもの(既出)は冒頭に、不定冠詞的なもの(新出)は語末にというルールと相通じるような感じもした一方で、英語では当てはまる部分と当てはまらない部分があるようにも感じた。
ちなみに上で引いたような文意を日本語話者に英語で書かせると、たぶん、There are three more recent examples that are worth a mention と書くのではという気がする。これは文法的には正しいが、文体としては冗長。
(ところで、画像の描写で、英語ならいきなり、the man is standing by the door としそうなところで、日本語話者の多くは there is a man who is standing by the door のように言うような気がする。おそらく、日本語的な感覚としては、まず「いる/ある」を設定して、ワンクッション置いてからでないと、「何/誰」が存在しているのかを語ることが心理的に難しいのだろう。)