うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

2023-01-01から1年間の記事一覧

翻訳語考。equal は「平等」か「対等」か。

翻訳語考。equal は等号記号の「=」であり、数字的な意味での「同量」——twice 3 is equal to 6——を表すが、同時に、ひとつずつ足し合わせてピッタリ同じというよりも、トータルな意味での「同等」——we are equal——の両方をカバーしているように思う。つまり…

精神の力としての自由(ル=グウィン『パワー 西のはての年代記III』)

「自由な人たちの都市をつくることはできよう。だが、無知な者にとって、自由にどんな意味があるのか? 自由とは、自分に何が必要かを学び、自分にとって何が好ましいかを考える精神の力にほかならない。たとえ体が鎖につながれていても、頭の中に、哲学者た…

恐れている対象を軽蔑することの後ろめたさ(ル=グウィン『パワー 西のはての年代記III』)

「恐れている対象を蔑むこと、不当な見方だと知りながらその見方を選びとることに、甘ったるい自己嫌悪をほんの少し感じた。」(ル=グウィン『パワー 西のはての年代記III』)

翻訳語考。「生きづらさ」は翻訳できるのか。

「生きづらさ」というワードに、英語を教える者として、引っかかるものがある。どのような英訳が妥当かが、いまひとつわからないのだ。「hard to live」は違うような気がするし、そもそもこれだと名詞化できない。かといって「difficult」を使って、「diffic…

よく知っているつもりの土地のなかのまだ見ぬ世界(ル=グウィン『ヴォイス』)

「よく知っているつもりの土地でも、行っていない町や丘が必ず残っているし、まだ見ぬ世界がなくなるなんてことはありえない」(ル=グウィン『ヴォイス 西のはての年代記II 』) And even if you know a land well, there’s always a town or a hill you ha…

沈黙という裏切り(エルンスト・トラー『ドイツの青春』 )

「誠実であるためには知らなければならない。勇敢であるためには理解しなければならない。公正であるためには忘れることは許されない。野蛮の軛が締めつけるならば、戦わねばならず、沈黙してはならない。このような時代に沈黙する者は彼の人間的使命を裏切…

20231209@静岡音楽館AOI 濱田芳通指揮、アントネッロ、モンテヴェルディ『聖母マリアの夕べの祈り』を聞きに行く。

20231209@静岡音楽館AOI濱田芳通指揮、アントネッロ、モンテヴェルディ『聖母マリアの夕べの祈り』 宗教を信じない者が西欧クラシック音楽の本丸とも言うべき宗教曲を聞くことの矛盾を、昔からずっと感じていた。だから、いわば世俗的な人間劇を前面に押し出…

叙事詩が語らないこと(ル=グウィン『ヴォイス 西のはての年代記II 』)

「わたしはいつも不思議に思っていた。創り人たちはどうして家事や料理を物語から締め出すのだろうと。偉大な戦いは、そのためにこそ戦われるのではないのか──一日の終わりに、安らぎに満ちた家の中で家族が一緒に食事をするためにこそ。国を離れることを余…

貴族性を内面化する(フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』)

「自分の夢や最も親密な欲望を、王侯貴族として高みから扱うこと……。それらに気づかないような心の繊細さを持つこと。私たちの存在のうちにおいて自分だけではなく、別の者がいることを理解し、私たちが自分の証人であり、それゆえ、自分にたいしてあたかも…

メディアと変換と翻訳(キットラー『書き取りシステム 1800‐1900』)

「皆さんから[私の方法の]正しい理解を引き出すために、とりわけお願いしたいのは、私たちの口というものを、その様々な要素もろともに、言語と総称されるある種の意味豊かな楽音を奏でることができるような、一つの楽器と見なしていただきたい、というこ…

軽蔑の高貴な術(フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』)

「すべてを軽蔑せよ。だがこの軽蔑によって窮屈にならないように。軽蔑によって他人に優るなどと信じるな。軽蔑の高貴な術のすべてはそこにある。」(フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』318頁)

殺しはするが、卑しめることはない(ルクリュ『新普遍地理学』9巻)

La plupart des tribus n'ont jamais eu d'esclaves: c'est un crime pour l'Afghan que de « vendre des hommes »; il les tue, mais ne les avilit pas. (Reclus. Nouvelle géographie universelle. vol. 9, 62) Few of the tribes have ever had any slav…

好意をつくりだす(ル=グウィン『ギフト 西のはての年代記I 』)

「母は人に対して警戒心をもつのが苦手だった。警戒心は母の性格にふさわしくないものだったからだ。母は好意のないところに好意を見ることによって、しばしば好意をつくりだしてきた。館の人々は喜んで母に仕え、母とともに働く。母に対しては、気難しい農…

20231201 アリックス・パレ『魔女絵の物語』(グラフィック社、2023)を読む。

魔女絵には、若き美女と、醜い老婆の、ふたつの系譜があるという指摘にまずハッとさせられるが、読み進むほどに、はたして両者を「魔女」というワードでくくることが妥当なのだろうかという気もしてくる。本書は西洋美術における魔女表象を、100頁ほどのコン…

20231123 「『ばらの騎士』サロン 制作部座談会」に行ってきた。

20231123@静岡芸術劇場「カフェシンデレラ」 「『ばらの騎士』サロン 制作部座談会」に行ってきた。「制作部」というのが、そもそも、いまひとつよくわからない。「文芸部」もわからないといえばわからないけれど、こちらはなんとなくながら、SPACの芸術的な…

20231122 スヴェン・リンドクヴィスト『「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」——『闇の奥』とヨーロッパの大量虐殺』(青土社、2023)を読む。

あなたはもう、じゅうぶん知っている。私も知っている。欠けているのは知識ではない。私たちに欠けているのは、知っていることを理解し、結論を導き出す勇気だ。(11頁) 旅行記とノンフィクションと文芸批評のフュージョン。1932年生まれのスウェーデン作家…

20231115 Duolingo でのロシア語学習が300日の大台に乗った。

Duolingo でのロシア語学習が300日の大台に乗ったけれど、このところ停滞気味。格変化のある言語を用例のみから帰納していくのはやはり難しい。というよりも、Duolingo のやり方だと、名詞の性(男性中性女性)がそもそもうまく認識できない。 と書きながら…

20231111 多田淳之介の演出についてのいくつかの覚書。

多田淳之介の演出についてのいくつかの覚書。 *多田の演出をあえて挑発的に「貧しい演劇」と呼んでみたい。演出が質的に貧困だというのではまったくない。そうではなく、圧倒的に不十分な量しか与えられていないリソースをいかにして最大限活用し、最大限の…

翻訳語考。日本語における一人称複数の不在?

翻訳語考。一人称複数。日本語の一人称単数はバリエーション豊かであり、表記もいろいろと選べる。しかし、一人称複数のほうはどうだろう。ひょっとして、日本語には、一人称単数の複数形——わたし+たち、われ+われ、ぼく+ら、などなど――ではない、固有の…

翻訳語考。人名表記。Romanes をどう転記するか。

人名は本当に困る。George Romanes(1848‐94)という進化生物学者がいる。ダーウィン(1809‐82)より40歳近く若い Romanes は、晩年期のダーウィンのリサーチ・アシスタントを務めたばかりか、未出版の原稿を託されるほど、ダーウィンから信頼されていた。ハ…

20231021 Duolingo でのロシア語学習275日、または Duolingo で本当に外国語は身に付くのかについて

Duolingo でロシア語学習を始めて275日になったけれど、身についているような、身についていないような。 作業ゲー的な反復作業なのだ。脊髄反射的に4択のなかから正解を選ぶような設計になっている。いや、こう言ったほうが正確だろうか。意識的に記憶する…

救助本能の誤射としてのフレンドリーファイアー(ハドスン『ラプラタの博物学者』)

「さて、知的行動をとる人間もそうだが、本能的に行動する動物が、ときどき彼らなりの妄想や錯覚にとらわれて、ものごとを見誤り、まちがった刺激によって自分たちに不利な行動に駆り立てられることは、よく知られた事実である。群れや家族のものたちが、仲…

動物絶滅を後押しする近代の帝国(ハドソン『ラ・プラタの博物学者』)

「すべての家畜動物は、われわれが暗黒の時代とか未開の時代と習慣的にみなしているこれらの遠い時代から伝えられたもので、いっぽう近代のいわゆる人間の文明が、動物社会に対しては破壊そのものでしかないとは悲しいことである。地球全体でますます盛んな…

20231016 「大大名(スーパースター)の名宝―永青文庫×静岡県美の狩野派展」@静岡県立美術館を観る

20231016@静岡県立美術館「大大名(スーパースター)の名宝―永青文庫×静岡県美の狩野派展」 知り合いが内覧会への招待券をくれたので、展覧会開始前日に見てきた。この手のオープニングセレモニーには初めて足を運んだけれど、来ているのはリタイア層がほとん…

20231015 「ブルターニュの光と風」@静岡市美術館を観る

20231015@静岡市美術館 「光」と「風」だけカラーで、妙に気合の入ったレタリングになっているし、目玉として謳われている画家のなかにモネやゴーギャンが入っているから、「なんだよ、またフランス印象派展か」と思っていたら、力点は「ブルターニュ」のほ…

20231014 ジュリアン・ロスマン文絵、神崎朗子訳『自然界の解剖図鑑』(大和書房、2023)を読む

「若い鳥たちは上手にさえずることを夢見ながら最初の冬を過ごす(実際、眠っているあいだに「練習」していることが研究でわかっている)。」(171頁) 原語タイトルは Nautre Anatomy で、「自然界」という訳語は本書のカバーするトピックにうまくマッチし…

20231007@静岡芸術劇場 多田淳之介 演出・台本『伊豆の踊子』

20231007@静岡芸術劇場多田淳之介 演出・台本『伊豆の踊子』 いやこれは、『伊豆の踊子』ではなく、『The Dancing Girl of Izu』と呼んだ方がしっくりくるのではないか。川端康成の原作を裏切っているからでも、英語化されているからでもない。ここでは、わ…

借用の拒否の研究(モース『国民論』)

「有用なものでさえ借用を拒絶されるということも、観察の対象としなくてはならないのです。借用が起こったことの研究と同じくらい、借用が起こらなかったことの研究は興味深い。それというのも、この研究によってこそ、多くの事例において各文明の広がりの…

普遍言語の可能性(モース『国民論』)

「文明どうしは相互に出会い、相互い補完することができる。少なくともわたしたちの近代語彙のほぼ三分の一は、そしてまた、わたしたちの会話の大きな部分は、同一の格言やら言い回しやらで満ちあふれている。純粋理性・実践理性・人間的判断力の獲得物にほ…

時の海を漂ってやってきた動物を滅ぼす人間(ハドソン『ラ・プラタの博物学者』)

「昔、これらの動物たちには生命力が最高に輝いていた。そして彼らとともに地球にいた他のものたちが死に絶えたときも、彼らはより永続する価値があるとして残された。不死の花のように、彼らは時の海に漂ってわれわれの時代にまでやってきた。そして彼らの…