うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

2023-01-01から1年間の記事一覧

自分自身を贈ること(エマソン「ギフト」)

「あなたの一部だけが贈物でありうる。わたしのために血を流してくれなければならない。だから詩人は自身の詩を携えてくる。羊飼いは羊を。農夫は穀物を。鉱夫は原石を。水夫は珊瑚や貝殻を。画家は自身の絵画を。少女は自分で縫ったハンカチを。これは正し…

贈物を拒否することの暴力性(モース『贈与論』)

「与えるのを拒むこと、招待し忘れることは、受け取るのを拒むことと同様に、戦いを宣するに等しいことである。それは、連盟関係と一体性を拒むことなのだ。[Refuser de donner, négliger d'inviter, comme refuser de prendre, équivaut à déclarer la guer…

立派すぎる論文(ダーウィンからベイツへの手紙)

「あなたの論文は、情熱を欠いた博物学者のおおかたから高く評価されるには、あまりにも立派すぎるのです。[Your paper is too good to be largely appreciated by the mob of naturalists without souls]」(ダーウィンからベイツへの手紙、1862年11月20日 …

20230915 糸で描く物語——刺繍と、絵と、ファッションと。@静岡県立美術館

20230915 糸で描く物語——刺繍と、絵と、ファッションと。@静岡県立美術館 焦点の定まらない展覧会というのが正直な感想。「糸で描く物語」というタイトルと、告知ビラやポスターから、刺繍やタペストリーによる具象的な作品なのかと思いきや、そういうわけ…

共食の倫理(阿部謹也『中世の星の下で』)

「仲間団体とは何よりもまず飲食を共にし共に歌う団体でなければならなかった。近代人は飲食をともすれば軽視しがちであるが、中世においては仲間団体である限りきまった日時に皆が揃って食べ、かつ飲んだのであり、そこにおける規律、約束が対人関係の倫理…

「旅は生命をかけた行為」(阿部謹也『中世の星の下で』)

「旅は本来定住生活のなかで澱んできた身辺を洗い直し、目に見えない絆で結ばれている人間と人間の関係を再確認するための修行なのであって、日本だけではなく、ヨーロッパにおいても旅は生命をかけた行為なのである。」(阿部謹也『中世の星の下で』14頁)

「美しい空虚な気持」(川端康成「伊豆の踊子」)

「私はどんなに親切にされても、それを大変自然に受け入れられるような美しい空虚な気持だった。」(川端康成「伊豆の踊子」)

20230911 村上春樹『街とその不確かな壁』を読む。

村上春樹には2系統の物語があるような気がする。一方に、ひじょうに幻想的な、現実とはかけ離れた空想と夢想の世界で展開される物語があり、他方に、物語としては依然として幻想的でありながら、物語世界自体はわたしたちの現実世界と地続きであるような物語…

20230831 ボトムアップ型の社会主義のために何が必要なのか。

一九世紀末と二〇世紀初頭は福祉国家の創世期であり、福祉国家の鍵となる制度は、まさに、その大部分が、国家とはまったく無縁の相互扶助集団によって創り出され、その後、国家や政党がそれらを徐々に取り込んでいったのだった。右翼も左翼も、大半の知識人…

翻訳語考。「意図的」であることと「誤訳」であることの差。

日本政府の「意図的な誤訳」とまで言い切っていいのだろうか。「意図的」というのには同意する。しかし「誤訳」とまで言えるのかどうか。 原文は「We support the IAEA’s independent review to ensure that the discharge of Advanced Liquid Processing Sy…

翻訳語考。地名の問題。

翻訳語考。地名の問題。1914年に書かれた英語の文献に出てくる「Kieff」をどのように日本語の音に転写するべきだろうか。 キリル文字をラテン文字(英語などでおなじみのいわゆる「アルファベット」)に転写する明確なシステムが導入された最初の例は、1899…

翻訳語考。漢字をどのくらい使うか、または外国語起源だと知らなかった言葉の発見(「カンパ」はロシア語からの借用語)

翻訳語考。字面を黒く詰める(漢字に変換するか)、白く伸ばす(ひらがなカタカナをつかうか)かは、結局のところ、翻訳者の恣意的な判断にゆだねられるものだろう。 たしかに、英語史的には借用語と言えるロマンス語系列の言葉には漢語を、古層にして中核を…

20230527 『ター』を観る。

2010年代後半のMe Too運動は、社会の空気を変えた。沈黙することを余儀なくされてきた声がついに語り出し、耳を傾けられるようになった。それはおそらく、ソーシャルメディアの隆盛と表裏一体の出来事である。被害者たちが声を上げ、広げ、つなげていくため…

20230816 Amazon Primeで『水星の魔女』シーズン1のながら視聴終了。

というわけでかなり適当に最後まで見た。見ながら思ったのは、これは『逆シャア』を遡及的に説明する物語ではないかということ。 『逆シャア』の大きな謎は、地球に落下しそうになったアクシズを押し返そうとするアムロにほかの機体も加わっていったとき、な…

翻訳語考。State の家性?

翻訳語考。なぜ state は国家なのだろう。なぜ「家」が入るのだろう。明治近代の造語なのかと思ってコトバンクで検索してみたところ、実は古来からある単語だった。「精選版 日本国語大辞典」が引く一番古い例は十七箇条憲法(604)。「百姓有レ礼。国家自治…

20230811 さくらももこ展@静岡市美術館

『ちびまる子ちゃん』はほぼリアルタイムで受容していたけれど、彼女が清水出身であることは意識していなかったように思う。漫画の中で次郎長のネタがあったと思うし、その他にも静岡ネタは仕込まれていた気はするけれど、さくらももこが市を上げて推すよう…

翻訳語考。悩ましい語順の問題。

翻訳語考。語順の問題は悩ましい。英語と日本語の文法構造が根本から違う以上——英語は主語-述語-目的語が、日本語は主語-目的語-述語が基本である——西欧語間の翻訳のような逐語訳はそもそも不可能だ。 そのような不可能性を踏まえたうえで、個人的には、でき…

翻訳語考。強調になる否定の接頭辞を持つ語の訳し方。

翻訳語考。強調になる否定の接頭辞を持つ語は、ストレートに訳すべきか、字面どおりひねるべきか。たとえばinvaluableは、valueが「ない」ではなく、valueという尺度に収まらない、つまり、ひじょうにvalueがあるという意味になる。pricelessもこれと同じ系…

翻訳語考。Municipalの(非)自律性。

翻訳語考。Municipalをどうしたものか。この関連語であるmunicipalityを最近はカタカナで「ミュニシパリティ」とする風潮もあるようだけれど、正直、いかがなものかと思う。かといって、Wikipediaが採用している「基礎自治体」(「国の行政区画の中で最小の…

20230729 Duolingoでのロシア語学習191日目。

Duolingoでのロシア語学習191日目。さすがにそろそろ文法書を読むべきかと思い。黒田龍之介による初級入門編の『ニューエクスプレス+ロシア語』とエッセイ集『ロシア語の余白』、宇多文雄『表で学ぶロシア語文法の基礎』を通読してみた。 驚いたのは、初級…

「ひたすら共生を歓ぶ知性」(高尾歩「訳者あとがき」、メーテルリンク『花の知恵』)

「メーテルリンクにとって、人間の知性は、何より自ら闇を用意して自己証明を行ってゆく永遠の生成原理であった。闇は、それが認識されるとき既につねに知性の衝動を引き受けている。そして、メーテルリンクにあっては、その闇のなかに必ず、姿形を纏いなが…

誤謬の価値(メーテルリンク『蜜蜂の生活』)

「おそらくこれは誤謬にすぎないだろう。しかし誤謬ではあっても、ある事物が私たちにいちばんすばらしく見える瞬間こそが、その事物の真理に気づく可能性のもっとも多い瞬間であることに変わりはないのだ。」(メーテルリンク『蜜蜂の生活』212‐13頁) Peut…

人間以外の知性、または人間の知性の非孤独性(メーテルリンク『蜜蜂の生活』)

「人間以外のものに本当の知性の兆候を見つけること、そこにわれわれは孤島の砂浜に人間の足跡を発見したロビンソン・クルーソーの感動に似たものを感じている。われわれが信じているほど、われわれは孤独な存在ではないらしい。蜜蜂の知性を理解しようとす…

「理解を伴わぬ明澄感」(古井由吉「一作家にとってのマラルメ」)

「まず始めに、難解どころか、私にとってはほとんど絶対的と思われる読解不可能に行きあたる。ところが、辛抱してあれこれ、詩句に沿って「文章」を組み立てるうちに、腑に落ちたというほどのこともないのに、明澄感に照らされる。理解を伴わぬ明澄感、これ…

20230629 друг друга=友は友を=お互いに——Duolingoでのロシア語学習160日突破。

друг друга。ロシア語で「互いに(one another, each other)」を意味する成句は、字義どおり訳すと、「友は友を」。 Duolingoでロシア語学習を続けて160日が突破したものの、最近、停滞気味。ロシア語の格変化を文例だけから身につけるのはさすがに無理では…

20230623 静岡県立美術館「Sense of Wonder」展をざっと見る。

20230623@静岡県立美術館。「Sense of Wonder」(驚きの感覚)はレイチェル・カーソンの同名の書籍にインスパイアされたものとのことだが、「Wonder of the Senses」(五感の驚き)と引っくり返してみてもよいだろう。事実、副題は「感覚で味わう美術」であ…

大英帝国より広いダーウィンの思想(デイヴィッド・スローン・ウィルソン『みんなの進化論』)

「ダーウィンは見ならうべきお手本になる。どんな日でも、フジツボ類を解剖したり、自分の子どもたちの行動をつぶさに観察したり、ハツカネズミに種を与え、次にこのネズミをロンドン動物園のタカに与えて、その種を発芽させたりする彼の姿が見られただろう…

一ではなく多を(グレーバー『価値論』)

「いま、私たちに本当に必要なのは、一つではなく、可能な限り多くの異なる構想だ、と私は思う。[It strikes me that what we really need now is not one but as many different visions as possible.]」(グレーバー『価値論』358頁)

社会的行為としての創造性(グレーバー『価値論』)

「創造性が、行為者と分析者の両方にとって分かりにくい理由は、これらの力が——まさに——根本的に社会的なものだ、という事実からくる。創造性は、他者との関係の構造が、私たち自身の存在の構成要素になるまで内在化されていく絶え間ない過程を通して生まれ…

生成の完全な潜勢力としての嘔吐(ウェイレンズーグレーバー)

「クワキウトルにとって、嘔吐は汚いものではない。口唇的メタファーの文化にとっての嘔吐は、性的メタファーにとっての精液のようなものである。物質的存在の重要な範疇であり、特定のかたちを持たない未分化の資料の象徴であり、生成の完全な潜勢力である…