うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

引用

貧しい連中を罰する神さま?(チャペック『白い病』)

「貧しい連中を罰する神さまがいるとしたら、よっぽど変わり者の神さまじゃないか?」(チャペック『白い病』10頁)

偉大な思想に鼓舞された普通の人間(クロポトキン『相互扶助論』)

「わたしたちの誰もが知っているように、政治とは、社会のなかの純粋に利己主義的な要素が、利他的な熱望ともっとも錯綜した結合をなす領域である。しかし、経験のある政治家なら誰でも知っているように、偉大な政治運動はすべて、大きな問題めぐって闘われ…

自由、友、母に帰る(グレーバー&ウェングロウ『すべてのはじまり』)

「わたしたちは本書をとおして、3つの原初的自由にたびたび言及してきた . . . 移動の自由、不服従の自由、社会関係を築いたり変えたりする自由である。またわたしたちは、英語の free がどのようして究極的にはドイツ語の「友」を意味する語に由来するのか…

官僚制を怪物にしてしまう力(グレーバー&ウェングロウ『すべてのはじまり』)

「「官僚制」という言葉自体が、機械的な愚鈍さを喚起する。しかし、非人称的なシステムがその起源において愚かであった、ないしは、必然的に愚かである、と信じる理由は何もない . . . 田舎のコミュニティで暮らした経験があったり、大きな街の自治会や教区…

君主制のおける子どもの政治的重要性(グレーバー&ウェングロウ『すべてのはじまり』)

「 . . . 君主制はおそらく、わたしたちが知っている著名な統治制度のなかで、子どもが決定的なプレイヤーとなる唯一のものだろう。というのも、すべては王朝の家系を途絶えさせない君主の能力にかかっているからだ。どのような体制でも死者崇拝はありえる。…

中間から語り直す(グレーバー&ウェングロウ『すべてのはじまり』)

「本当にラディカルな説明は、ひょっとすると、間にある時と場という角度から、人間の歴史を語り直すのかもしれない。[A truly radical account, perhaps, would retell human history from the perspective of the times and places in between.]」(グレー…

アカデミズムの非民主的思い込み(グレーバー&ウェングロウ『すべてのはじまり』)

「どのような種類のものであれ、民主的な制度や機関が遠い過去にあったことを主張するとなると、学者たちは、曖昧さのない反駁不可能な証拠を求める傾向にある。驚かされるのは、トップダウン型の権威構造となると、学者たちがそれほど厳密な証拠を求めたり…

濫用権としての財産権(グレーバー&ウェングロウ『すべてのはじまり』)

「ローマ法の財産の捉え方——それは今日、ほとんどすべての法体系の基盤である——をユニークなものにしているのは、ケアとシェアの責任を最小限にまで切り詰めている、それどころか、完全に切り捨てているところだ。ローマ法では、所有にかんして三つの基本権…

人間の原初的な反抗心(グレーバー&ウェングロウ『すべてのはじまり』)

「遠くの地で受け入れてもらえることがわかっているからこその、共同体から抜ける自由。一年の時期に応じて、社会構造のなかをあちこち異動する自由。権威に従わず、大事に至らない自由。これらはみな、わたしたちの遠い祖先のあいだでは当然のものとみなさ…

「わたしたちは共に自らを創り出していくプロジェクト」(グレーバー、ウェングロウ『すべてのはじまり』)

「さまざまな形態の社会組織を実験的に試みていく能力それ自体が、わたしたちを人間たらしめているものの核心をなしているのではないだろうか。つまり、自らを創造する能力、自由さえをも創造する能力を備えた存在としてのわたしたちを。本書で見ていくよう…

サドとヘルダーリンとベンヤミン:三島由紀夫『春の雪』

「なぜなら、すべて神聖なものは夢や思ひ出と同じ要素から成立ち、時間や空間によつてわれわれと隔てられてゐるものが、現前してゐることの奇蹟だからです。しかもそれら三つは、いづれも手で触れることのできない点でも共通してゐます。手で触れることので…

「独り静けさのなか」(ヨネ・ノグチ「序詩」)

"Alone in the tranquility, I see the colored-leaves of my soul-trees falling down, falling down, falling down upon the stainless, snowny cheeks of this paper." (Yone Noguchi. "Prologue" in Seen and Unseen.) 「静けさのなかで僕は独りきりで見…

絶えず似ているところを見つける技術としての優しさ(オルガ・トカルチュク『優しい語り手』)

「優しさとは、人格を与える技術、共感する技術、つまりは、絶えず似ているところを見つける技術だからです。物語の創造とは、物に生命を与えつづけること、人間の経験と生きた状況と思い出とが表象するこの世界の、あらゆるちいさなかけらに存在を与えるこ…

「いつでも夢をみよう。」(ゾラからセザンヌへの手紙)

「しかし、僕に希望がないなんてことがあるだろうか。僕らはまだ若く、夢に溢れ、人生はやっと始まったばかりではないか。思い出や後悔は老人にまかせよう。それらは彼らの宝物で、震える手でページをめくり、めくる度にほろりとする、過去という書物だ。僕…

普遍的王様的幸福(ロバート・ルイス・スティーヴンソン「楽しい考え」)

"The world is so full of a number of things,/ I'm sure we should all be as happy as kings." (Robert Louis Stevenson, "Happy Thoughts" in A Child's Garden of Verses.) 「この世界には/いろんなものがいっぱいあるから/ぼくたちはみんな/王さま…

テロとはなにか(小林エリカ『トリニティ、トリニティ、トリニティ』)

「しかしながら、いま、本当の記憶障害におかされているのは、わたくしではない。目に見えざるものたちを、過去を忘却しながら、微塵の苦しみさえ感じることのない人々の方ではありませんか。/もしも目に見えざるものを、その怒りや哀しみを、目に見える形…

書かれなかったものを読む(ホフマンスタール「痴人と死」)

思えば人というものは、なんと不思議なものだろう。 解きあかすことのできなことも解きあかし いちども文字に書かれたことのないものも読み もつれたものを自由に結びつけながら さらに永遠の闇のなかで道を見出すのだ Wie wundervoll sind diese Wesen, Die…

与えることと受け取ることの非対称性(シュテファン・ゲオルゲ「苦悩の友 」)

惜しみなく己を与える人は受け取ることのなんと少ないことか Wer ganz sich verschenkt wie er wenig empfängt (シュテファン・ゲオルゲ「苦悩の友 [Schmerzbrüder]」『ゲオルゲ全詩集』136頁)

愚鈍さと賢明さ(シンボルスカ「世紀の没落」)

愚鈍さは 滑稽なことではない 賢明さということは、楽しいことではない (シンボルスカ、つかだみちこ編・訳「世紀の没落」『シンボルスカ詩集』87頁)

「だれかが後片付けをしなくてはならない」(シンボルスカ『シンボルスカ詩集』)

戦争が終わった後では だれかが後片付けをしなくてはならない 張本人が じぶんですることなど まずあり得ないのだから (シンボルスカ、つかだみちこ編・訳「終わりと始まり」『シンボルスカ詩集』97頁) もしも私がこの国ではなく 他の種族に生まれていたと…

「考えてほしい、こうした事実があったことを。」(プリーモ・レ―ヴィ「聞け(シェーマ)」)

考えてほしい、こうした事実があったことを。 これは命令だ。 心に刻んでいてほしい 家にいても、外に出ていても 目覚めていても、寝ていても。 そして子供たちにも話してやってほしい。 さもなくば、家は壊れ 病が体を麻痺させ 子供たちは顔をそむけるだろ…

理解を埋め合わせる友情(ジャン=ミシェル・ネクトゥー「序論」『サン=サーンスとフォーレ――往復書簡集1862-1920』)

「おそらく、最も注目に価すると考えられることは、サン=サーンスがたとえフォーレをもはや理解しなくなっても、彼を大家と見なし続けたことであろう。フォーレは実際、サン=サーンスの作品の明快で公正な性向を、常に保っていたが、サン=サーンスは、か…

「私は繊細さの領域をいっそう広げました」(J・M・ネクトゥー『ガブリエル・フォーレ 1845-1924』)

「フォーレはまさに陶酔に近い喜びをもった中庸の音楽家なのであり、したがって、彼が伝えようとする深い内容やその哲学に気づくことなく、性急で注意を怠った聞き方をすれば、その音楽は優柔不断で単調なものにしか聞こえないであろう。/けれども、かつて…

内側から支配を敗北させる(カトリーヌ・マラブー『抹消された快楽』)

「解放のためには、権力と支配がみずからを覆す転換点を見出すことが不可欠である。自己転覆という考え方は、アナーキストの思考における決定的な考え方のひとつだ。外部から働きかけるだけでは、支配を覆すことはできない。支配の内部には亀裂が走っており…

「正しく強く生きる」(宮沢賢治)

いまこそおれはさびしくない たったひとりで生きて行く こんなきままなたましひと たれがいっしょに行けようか(「小岩井農場」) ((幻想が向ふから迫ってくるときは もうにんげんの壊れるときだ))(「小岩井農場」) (考へださなければならないことを …

わたしは知っている(パゾリーニ「私は訴える」)

"Io so. Ma non ho le prove. Non ho nemmeno indizi.Io so perché sono un intellettuale, uno scrittore, che cerca di seguire tutto ciò che succede, di conoscere tutto ciò che se ne scrive, di immaginare tutto ciò che non si sa o che si tace; …

すべて洗い落とす(笈田ヨシ『見えない俳優』)

「しかし過去の遺産を現代に再現するのではなく、何かを未来に向けて新しく作っていく、それが僕の演劇を始めた理由でした。ブルックとの仕事で「今日の舞台は良くできた。明日はどうする」と言われて、今日良かったなら明日もその様にしたいけれども、他の…

無ではないサイレンス(笈田ヨシ『見えない俳優』)

「サイレンスとは無では有りません。戦争が起これば、自分自身のなかに膨大な疑問、思考、悲しみが沸き上がります。そのときに叫ぶのではなく、サイレンスを求めるのです。サイレンスとは受け入れることです。受け入れるとは受動的ではなく、能動的になるこ…

回想の拒否 (カズオ・イシグロ『クララとお日さま』)

「懐かしがらなくてすむって、きっとすばらしいことだと思う。何かに戻りたいなんて思わず、いつも振り返ってばかりいずにすむなら、万事がもっとずっと、ずっと…… [It must be great. Not to miss things. Not to long to get back to something. Not to be…

光のなかにうずくまる盲目の希望(『インゲボルク・バッハマン全詩集』)

「ただ希望だけが 盲目になって 光のなかにうずくまっている。[Nur die Hoffnung kauert erblindet im Licht.]」(「一つの国、一つの川そしていくつもの湖から Von einem Land, einem Fluß und den Seen」『大熊座の呼びかけ Anrufung des großen Bären』)…