うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

2023-01-01から1ヶ月間の記事一覧

ヴィクトル・デ・サバタの軟体的有機性:相続者なきポスト・ロマン主義のドラマ的感性

ヴィクトル・デ・サバタの凄さはその軟体的有機性にある。オーケストラの音の組み立て方は、大雑把に言えば、縦線で瞬間的に合わせるか、横線の流れとして合わせるかのどちらかだが、サバタのやり方はそのどちらとも言えない。縦線が合っていないわけではな…

特任講師観察記断章。マルチタスクがデフォルトとなった教室。

特任講師観察記断章。もはや学生にこちらの話をマルチタスクではなく聞くことを求めるのが無理なのかもしれない。というよりも、今の世代がシングルタスクでやっていることは、どれだけあるのだろうかと問うべきかもしれない。 もちろん、ながら聞きは昔から…

圧倒的にモダンで、ノスタルジック:杉浦非水展@静岡市美術館

20230122@静岡市美術館 杉浦非水展を見に行く。日本におけるグラフィックデザインの立役者であり、1908年から34年まで、27年にわたって三越に務めるかたわら、ブックデザインや図版を手がけ、政府関係からの仕事も引き受け、官民の両方で活動し、晩年は多摩…

シェイクスピア、寺内亜矢子演出『リチャード二世』:20230114@静岡芸術劇場

演出の核心に触れるネタバレを含んでいるので、観劇前には読まないほうがよろしいかと思います。 20230114@静岡芸術劇場 黒い大きな格子に妖しげな光が投じられている。舞台奥から観客席に向かって少し傾いで、どことなく威圧的に、どこどなく不気味にそびえ…

20230115 『閃光のハサウェイ』をAmazon Primeで視聴

『閃光のハサウェイ』をAmazon Primeで視聴。 ガンダムはテロをめぐる物語でもある、という言い方は、テロが何かを定義することを求める。テロは字義どおりには恐怖の意味であり、テロは恐怖を手段とした目的の遂行である。恐怖という手段は、物理的には、恐…

20230110 ユクスキュルの『生物から見た世界』をAmazon Kindleで読む

いつからAmazon Kindleで岩波文庫が読めるようになっていたのだろう。Unlimitedで読めるものも少なからずある。というわけで、読もうかと思いながらこれまで読まずにきていたユクスキュルを読んでみる。 ここでの問いは、世界はどのように存在しているのかで…

死後の名誉(シェイクスピア『リチャード二世』)

「この一身なら陛下の足もとに投げ捨てます、喜んで。/私の一身は陛下のものですが、私の恥は私のものです、/いのちを捧げるのは臣下の義務ですが、名誉は別です、/私が死んでも名誉はなお墓の上に生き続けねばなりません、/それを汚すことは、たとえ陛…

20230108 『水星の魔女』12話を視聴

『水星の魔女』12話を視聴。 ジャンルとしての連続性を保証するのは何なのかを考えてしまう。 ガンダム・シリーズのキーとなるのは、当然ながら、ガンダムだ。しかしそれは機体のことなのか、それとも、パイロットのことなのか。機体のスペックのことなのか…

民話的なもの神話的なものの創作:鴻池朋子「みる誕生」

20230107@静岡県立美術館とその裏山 鴻池朋子の「みる誕生」展を終了2日前に見に行く。県美の自前の所蔵品は、風景画が中心であるがゆえに、わりと古典的でオーソドックスな絵が多いようであるし(少なくとも、所蔵品で構成された展示をこれまでに見てきた…

20230105 『水星の魔女』11話までAmazon Primeで視聴

よく出来ている。次が気になって見てしまう。しかし、これがガンダムかと言われると、違和感がないでもない。 ファーストから、ガンダムは子どもたちの物語ではある。理不尽な(現実主義的な、日和見的な、割り切った)大人たちにたいする、純真な(理想主義…

20230104 『ククルス・ドアンの島』をAmazon Primeで視聴

あまり何も考えずに、前情報を入れずに見ていて、最後のクレジットで安彦良和が監督であったことを知り、いろいろと腑に落ちた。 これは戦争時代のなかの厭戦の物語だ。兵士たちによる戦闘が、市井の人々の生活、とくに、戦争の暴力的な力によって親を奪われ…

20230102 マルサス『人口論』を読み終える

奇妙な本だ。人口と食料生産の話から、文明論(未開、アメリカ、ヨーロッパ)と続き、jコンドルセやゴドウィン批判にアダム・スミス批判、そして神学論。 表面的には、人口増加と食料増産の非対称性についての科学的=自然的議論であるかのように見える。し…

20230101 マルサス『人口論』を読み始める

マルサスの『人口論』(光文社古典新訳)を読む。マルサスの議論にはきわめて仮説演繹的な手ざわりがある。仮定を立て、逆ケースを想定し、反駁し、先取りした結論に雪崩れ込んでいくような、そんな出来レース感がある。その意味で、どこかアダム・スミスの…