うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

2021-08-01から1ヶ月間の記事一覧

リアリズムと印象派の融合、または非人称的な抒情性――吉田博展

20210829@静岡市美術館 吉田博が目指したのは、木版画におけるリアリズムと印象派の融合だったのだろうか。初期の水彩風景画から一貫して吉田は構図の妙、光のグラデーション、細部のニュアンスにこだわる画家であり続けた。しかし、風景を凍結された時間の…

アガンベンの思考のスタイル:ジョルジョ・アガンベン、岡田温司訳『書斎の自画像』(月曜社、2019)

本は読まれるのではない。むしろ、時間を超えた記憶できないほど彼方の点から到来してくる、忘れがたくも散り散りの一連の思い出を通して、たどたどしく辿られるのである。/このようにして、わたしはいちばん愛読する本たちを読んできたし、再読している。…

堕落した社会で立派に振る舞う人々が聖人(ヴォネガット『国のない男』)

「彼女はこう書いていた。「わたしはあなたの意見を聞きたいのです。わたしは四十三歳で、ようやく子供を産もうと思うにいたりました。でも、不安でしょうがないのです。こんなに恐ろしい世界に新しい生命を送りこんでいいものなのでしょうか」……わたしはこ…

決められない疑似民主制:市民参加の平田オリザの『忠臣蔵2021』

20210606@静岡県舞台芸術公園 野外劇場「有度」 武士のアイデンティティを探す話――平田オリザ作の『忠臣蔵2021』のあらすじを一文で強引にまとめればそうなるだろう。250年以上にわたる太平の時代が始まって1世紀近くが過ぎた頃に勃発した出来事に巻き込ま…

すべてを自由にする(シラー『人間の美学教育について』)

"A noble spirit is not satisfied with being itself free; it must set free everything around it, even what is lifeless [Ein edler Geist begnügt sich nicht damit selbst frei zu sein; er muss alles andere um sich her, auch das Leblose in Frei…

最高の共通意図の獲得(ワーグナー「未来の芸術作品」)

「芸術的人間は、ドラマのなかで自分とは異なる一個の人物を演じることによって、自己の特殊な存在を人間一般に通じる存在へと拡張する。自分とは異なる人物の個性を完全に理解して他人を演じるためには、芸術的人間は、自分の殻を完全に破らねばならないが…

フェルドマン化されたバタゴフのシューベルト:拡大された細部の向こうの緩やかで穏やかな大きな流れ

アントン・バタゴフは最初の小節を何度か自由なかたちで繰り返す。左手の和音をまずは全音符で2回、それから楽譜通りのリズムで2回。音楽のパルスを定めるかのように。 そして、両手で譜面通りに最初の小節を4回。このとき音楽は前に進まない。波がたゆたう…

無数の事物には無数の視点を(ギュイヨー『義務も制裁もなき道徳』)

"La vraie « autonomie » doit produire l’originalité individuelle et non l’universelle uniformité. . . . Puissions-nous en venir un jour à ce qu’il n y ait plus nulle part d’orthodoxie, je veux dire de foi générale englobant les esprits ; à…

『大地の歌』の加筆部分の後期ロマン派のムード

ドイツ語再勉強のためにマーラーの『大地の歌』のテクストを読んでいると、そこには、東洋趣味(厭世的で享楽的な飲酒、移ろいゆきながら回帰する自然の鑑賞、東洋的庭園)だけではなく、後期ロマン派的なムードが入り込んでいることにも気づかされる。もの…

かわいいは正義:熊代亨『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス、2020)

いささかの誇張を込めて言うなら、現代東京、ひいては現代日本において「かわいいは正義」なのである。「かわいい」は誰にでも愛される、繁華街でも閑静な住宅地でも通用するコンセプトであり、地方自治体が好んで用いることが示しているように、安全で無害…

verlernen / unlearn

ドイツ語のverlernen((習い覚えたことを)忘れる)は英語のunlearnよりもポジティヴな感じがする。unlearnはスピヴァクがよく使うので、漠然と近年の造語のように考えていたけれど、OEDによれば、16世紀初頭が初出とのこと。 (a) transitive. To forget or…

『パルジファル』のなかのアラブ的なもの

ワーグナーの最後の楽劇『パルジファル』はきわめてドイツ的なものだとずっと思い込んでいたが、先日ドイツ語の再勉強のために英語対訳版で台本を読んでいたら、クリングゾールの城は「アラブ系スペイン arabischen Spanien」(英訳だと「ムーア系スペイン M…

他者に共感するだけでは足りない

サイード、ブルデュー、タン エドワード・サイードのいう「知識人」は、エリート的ということもさることながら、自己決定できる、自己決定に責任を負える強い個人を前提としている。しかし、そうした強さは、やはり、社会の一定数にしか到達不可能ではなく、…

「役者は時代の縮図」(シェイクスピア『ハムレット』)

" . . . foul deeds will rise,/ Though all the earth o'erwhelm them, to men's eyes." (Shakespeare. Hamlet. I. ii.) "There are more things in heaven and earth, Horatio,/ Than are dreamt of in your philosophy." (Shakespeare. Hamlet. I. v.) "W…

特任講師観察記断章。全人的な行為としての教育。

特任講師観察記断章。アメリカ人の鉛筆の持ち方のひどさについてはかなり前に書いたことがあるけれど、それと同じ現象を日本でも観察できるようになってきたのかもしれない。学期末の試験のあいだ、学生の手元を見ていると、なかなか個性的なペンの持ち方を…

Giorgio Caproni. Ritorno.(ジョルジョ・カプローニ「帰還」)

Ritorno Sono tornato làdove non ero mai stato.Nulla, da come non fu, è mutato.Sul tavolo (sull’inceratoa quadretti) ammezzatoho ritrovato il bicchieremai riempito. Tuttoè ancora rimasto qualemai l’avevo lasciato. 帰還 わたしが帰ったところ…

多数の結節点としての個人や社会(ラトゥール、レピネ『情念の経済学』)

というのも、われわれ自身のもっとも内奥では、つねに「多数」が支配しているからである。社会学主義の一世紀のあとでタルドを理解することがこれほど難しいのは、彼が社会を個人とけっして対立させず、むしろ反対に、社会も個人もどちらもかりそめの集合体…

他者救済としての「経済」(テツオ・ナジタ『相互扶助の経済』)

われわれがくり返し強調してきた「相互扶助」という言葉は、人びとの道徳意識の根底にある強力な規範でありつづけている。一八世紀はじめに伊藤仁斎が哲学的に表現したように、「善」や「慈悲」(323)は抽象的な概念ではない。人が他者を救い、苦痛や不幸を…

殉教または生と死の価値の逆転(フーコー『肉の告白』)

「ところで、周知のとおり、殉教は、真理をめぐる振舞いである。すなわち、殉教とは、そのために人が命を落とす進行を証言するものであり、この世の生が一つの死に他ならないのに対して死の方は真の生に到達させてくれることを現し出すものであり、その真理…

自分とは異なったさまざまな眼を持つこと(プルースト『囚われの女』)

Le seul véritable voyage, le seul bain de Jouvence, ce ne serait pas d’aller vers de nouveaux paysages, mais d’avoir d’autres yeux, de voir l’univers avec les yeux d’un autre, de cent autres, de voir les cent univers que chacun d’eux voit,…

非時系列的な共鳴箱(ファニー・ピション『プルーストへの扉』)

「この作品は線としてとらえられた時間のなかで起こる出来事を年代順に並べた物語ではなくて、同時に存在するいくつもの経験を入れる共鳴箱、あるいは文学の大聖堂となるはずです。それをプルーストは「私たちの人生はほとんど時系列を無視して成り立ってい…

真をなす [faire vrai]」こと(フーコー『肉の告白』)

「悔悛者がなるべきこと、それは、自分がしたことについて「真を語る [dire vrai]」ことよりも、自分がそうであるところのものを現出化することによって「真をなす [faire vrai]」ことなのである。/悔い改めの実践が、必ず悔悛者の真理を白日の下に晒すため…

特任講師観察記断章。出席にたいする執着。

特任講師観察記断章。この出席にたいする執着は何なのか。この執着はいったいどこから来るのか。 学生から寄せられる問い合わせの筆頭に来るのは出欠確認についてのものだ。今期は、公欠扱いになるケースがいろいろとあり、欠席届が学生室経由で送られてきた…