うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

他者救済としての「経済」(テツオ・ナジタ『相互扶助の経済』)

われわれがくり返し強調してきた「相互扶助」という言葉は、人びとの道徳意識の根底にある強力な規範でありつづけている。一八世紀はじめに伊藤仁斎が哲学的に表現したように、「善」や「慈悲」(323)は抽象的な概念ではない。人が他者を救い、苦痛や不幸を和らげるために社会的な場でなされる行為である。社会的概念としての他者救済は「済民」と表現されることが多い。これは「経済」という近代の複合語の基本要素である。「済」は、「救う」を意味し、「経」は「整える」の意味で、国民が救済されるために、混乱と混同を避けるような社会的行為の規則を設定することである。/経済の語にこめられていた力強く倫理的な規範は、明治時代に「経済」の概念を近代的なものに翻訳した過程で失われた。経済は「資本主義」を意味するようになり、強い国民国家をつくり出し、また柳田國男が論じたような「自立した」個人をつくり出すために必要な方法論を意味するようになったのである。柳田が「経済」という言葉を用いた一九〇〇年代はじめには、「民を救済する」という理想はすでに消し去られていた。経済はこうして、国民総生産という点で近代化を補強することを意味するようになったのである。これは、近代的知識人としての柳田が、職業官僚である平田東助と共有していた見解である。近代化に不可欠な資本主義としての経済は、明治政府の基本的イデオロギーであった。そして、この資本主義というイデオロギーにおいては、経済とは他者救済ではなく収益をあげる近代的方法を意味する言葉になった。岡田良一郎が近代経済のこのような認識を認めないと主張したのは、それが収益性という名のもとに弱者を押しつぶす強者の無慈悲な認識だったからである。これとは反対に、報徳において貯蓄が積み立てられたのは、終局的には他者救済のためであり、利益を確保するためではなかった。報徳は、相互扶助の考えを放棄しなかったのである。柳田は、昔ながらの道徳的な思考にしがみついていると岡田をなじった。資本主義によって収益をあげることは近代的な方法であり、報徳はこの新しい歴史と調和しなかったからである。(324)/相互扶助と救済に関する思想は、どうしたら民衆が自分たちの経済活動をやり遂げることができるかという課題について長期にわたって影響をおよぼした。他者救済には、救済するために「整える」という意味もあった。徳川時代の民衆にとって、整えるとは正確な詳細について合意し、これを合意書あるいは契約書に書きこむことを意味した。徳川時代後期から明治期にかけてさかんになった契約にもとづく相互扶助組織によって、銀行制度がなくても庶民がおたがいに貸し借りをする制度できあがった。そうした契約にもとづく相互扶助組織は村落や町で実践され、二〇世紀になると事業志向の会社となり、産業革命や戦後初期の荒廃した時期に、庶民がどのように奮闘し、精を出したかを伝える歴史の一部となったのである。(325)

 

広い社会において、かならずしも隣近所の住民ではない市民を支援することは協同組合的な自治のあらわれである。ほかの市民運動とおなじく、上下関係も永続的な権威をふりかざす指導者もなく、職員や永久会員も、決まった政治的イデオロギーもないことがその特徴である。そこに満ちているのは、緊急時に他者に手を差し伸べるという根本的な原則と、共生あるいは共存という、よく知られた思想、生命と存在、つまりすべての人間の相互関係性である。(328)

 

To aid citizens in the broader society, not necessarily one’s nextdoor neighbor, is an expression of cooperative self-governance, and as in other citizens’ movements, it emphasizes the absence of hierarchy, permanent authoritarian leadership, professional and permanent membership, and a fixed political ideology. It is thoroughly informed by the underlying principle of helping others in an emergency and by the wellknown idea of kyosei, or kyoson, the mutuality of life and existence and hence of the interrelatedness of all humanity. (Tetsuo Najita. Ordinary Economies in Japana: A Historical Perspective, 1750-1950. 238)