うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

『パルジファル』のなかのアラブ的なもの

ワーグナーの最後の楽劇『パルジファル』はきわめてドイツ的なものだとずっと思い込んでいたが、先日ドイツ語の再勉強のために英語対訳版で台本を読んでいたら、クリングゾールの城は「アラブ系スペイン arabischen Spanien」(英訳だと「ムーア系スペイン Moorish Spain」)に面している、とあった。2場の花の乙女たちのシーンのところでも、城壁の突き出た部分は「[アラブの豪勢なスタイル][arabischen reichen Stiles]」となっている(角括弧は原文ママ)。そして、クンドリーは「ほぼアラブ風の annähernd arabischen Stiles」ヴェールをまとって登場する。そういえば、1幕でクンドリーがもってきた膏肓は、アラブ世界からのものであった。西欧中世を十字軍の時代と捉えれば、その仇敵であるイスラム世界が、中世騎士道物語を下敷きにした『パルジファル』に現れることに驚くいわれはないのだけれど、ひどく驚いてしまった。読んでいるようで読めていなかった。わかっていないまま『パルジファル』を20年近く聞いていた。とはいえ、2幕冒頭のト書きは、作曲者本人が監修した『全集』版*1には登場するものの、スコアではカットされており、一般に流布しているのは後者なので、ここを見落としていたのは自分の落ち度のせいばかりではないのかもしれないけれど*2

しかし、よく考えてみなくても、堕落させる誘惑者としてのアラブ表象というのはきわめて19世紀的な手口だ。モローやワイルドのサロメがすぐに思い浮かぶ。

*1:Gesammelte Schriften und Dichtungen. vol. 10

*2:ちなみに

ontomo-mag.com

によれば、パルジファルという名前自体が偽アラブ起源(ワーグナーはアラブ起源だと思い込んでいた)とのこと。