うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

想像力による文学の問いかけ、または戦争以外の可能性(ル=グウィン『いまファンタジーにできること』)

「(年齢にかかわらず)成熟していない人たちは、道徳的な確かさを望み、要求します[…]彼らは勝つ側にいると感じたいのです。少なくともそのチームの一員だと思いたいのです。彼らにとって、ヒロイック・ファンタジーは、倫理的な明快さを感じさせてくれるものかもしれません。しかし、(疑われることのない)善と(検証されることのない)悪との間の戦いと称するものは、物事を明快にする代わりにぼやけさせます。それは暴力についての単なる言い訳にしかなりません。それは、現実の世界の侵略戦争と同じくらい、浅はかで無益で卑劣なものです[…]想像力による文学は、今もなお、ヒロイズムとは何かを問いかけ、権力の源を検証し、道徳的によりよい選択肢を提供しつづけています。戦いのほかにたくさんの比喩があり、戦争のほかにたくさんの選択肢があります。そればかりか、適切なことをする方法のほとんどは、誰かを殺すことを含んでいません。ファンタジーは、そういうほかの道について考えるのが得意です。そのことをこそ、ファンタジーについての新しい前提にしませんか。」(ル=グウィン、谷垣暁美訳「ファンタジーについて前提とされているいくつかのこと」『いまファンタジーにできること』11-12頁)

 

Immature people crave and demand moral certainty [...] they long to feel they’re on the winning side, or at least a member of the team. To them, heroic fantasy may offer a vision of moral clarity. Unfortunately, the pretended Battle Between (unquestioned) Good and (unexamined) Evil obscures instead of clarifying, serving as a mere excuse for violence — as brainless, useless, and base as aggressive war in the real world [...] imaginative literature continues to question what heroism is, to examine the roots of power, and to offer moral alternatives. Imagination is the instrument of ethics. There are many metaphors beside battle, many choices besides war, and most ways of doing good do not, in fact, involve killing anybody. Fantasy is good at thinking about those other ways. Could we assume that it does so?

 

www.ursulakleguin.com

 

 

原文と比較してみたら、"Imagination is the instrument of ethics"(想像力は倫理の道具です)の一文が邦訳では脱落していることに気がついた。