うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

翻訳語考。漢字をどのくらい使うか、または外国語起源だと知らなかった言葉の発見(「カンパ」はロシア語からの借用語)

翻訳語考。字面を黒く詰める(漢字に変換するか)、白く伸ばす(ひらがなカタカナをつかうか)かは、結局のところ、翻訳者の恣意的な判断にゆだねられるものだろう。

たしかに、英語史的には借用語と言えるロマンス語系列の言葉には漢語を、古層にして中核をなすゲルマン語系列の言葉には和語を当てるのは、英語と同じように重層性を持つ日本語の場合、理にかなっている部分はあるだろう。produce を「生産する」とし、make を「作る」とするように。

しかしもっと厄介なのは送り仮名の処理。「受け取る」にするか、「受けとる」にするかは、原文や訳文の文体といった総合的な観点から判断するしかない。一対一の関係で原理的に処理するわけにはいかない。

翻訳をしているときのほうが、変換キーを押す回数は増える。

鴻巣友季子は片岡岡義男との対談集『翻訳問答』のなかで、翻訳をしていると自分で書いていたら使うこともない単語を使うことがあるという趣旨の発言をしているけれど、これには全面的に賛成だ。

そして、知っていると思っていた単語の意外な出自に気づく。

「かんぱ」とタイプし、「そういえば、カンパに漢字表記はあっただろうか」と思って変換キーを叩いてみても、「看破」や「寒波」は出てくるものの、「カンパ」(寄付、資金集め)の意味になりそうな字面はない。

サクッとググてみると、なんと「カンパ」の元ネタはロシア語の кампания、英語なら campaign、つまり「キャンぺーン」。どうりで漢字表記が存在しないわけだと納得した。

ちなみにロシア語の発音としては、カン(↑)パ(↓)ーニアでパにアクセントが付くはず(このあいだ黒田龍之介の本を読んでいてやっと腑に落ちたことだが、ロマンス語だとだいたい高いところにある音にアクセントが付くから、下がったほうの音にアクセントというのはなんとも不思議な感じがするところ)。

だから、カンパの発音も、カン(↑)パ(↓)となるべきかもしれないが、このように発音する人はいるだろうか。英語であれロシア語であれ、日本語は外来語の抑揚や強勢を日本語化するらしい。