うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

翻訳語考。「意図的」であることと「誤訳」であることの差。

日本政府の「意図的な誤訳」とまで言い切っていいのだろうか。「意図的」というのには同意する。しかし「誤訳」とまで言えるのかどうか。

 

原文は「We support the IAEA’s independent review to ensure that the discharge of Advanced Liquid Processing System (ALPS) treated water will be conducted consistent with IAEA safety standards and international law and that it will not cause any harm to humans and the environment, which is essential for the decommissioning of the site and the reconstruction of Fukushima.

日本政府の訳は「我々は、東京電力福島第一原子力発電所廃炉作業の着実な進展とと
もに、科学的根拠に基づき国際原子力機関IAEA)とともに行われている日本の透
明性のある取組を歓迎する。我々は、同発電所廃炉及び福島の復興に不可欠である多
核種除去システム(ALPS)処理水の放出が、IAEA安全基準及び国際法に整合的
に実施され、人体や環境にいかなる害も及ぼさないことを確保するためのIAEAによ
る独立したレビューを支持する。 」

 

問題は、最後の which is の which の先行詞を何とするかということになる。普通に読めば、そのまえの that 節二つ(treated water の放出がIAEA基準と国際法と一貫したかたちで行われ、<かつ>、それで人間や環境にいかなる害も起こらないようにすること)ですが、政府の公式訳だと、あたかも、「the discharge of Advanced Liquid Processing System (ALPS) treated water」だけが先行詞であるかのように聞こえる。

しかし、あえて日本政府訳を擁護するなら、「我々は、同発電所廃炉及び福島の復興に不可欠である<、>多核種除去システム(ALPS)処理水の放出が、IAEA安全基準及び国際法に整合的に実施され、人体や環境にいかなる害も及ぼさないことを<、>確保するためのIAEAによる独立したレビューを支持する」というふうに読点を打てば、「不可欠」は「及ぼさないこと」にかかっているように読めなくもないし、関係代名詞を前に持ってくることは日本語の文法と文体上、決して異常ではない。

 

そのことを思うと、これを「誤訳」と言い切っていいのかは、すこし戸惑う。「意図的」にミスリーディングな訳であり、採用すべきではない訳なのは間違いないが、英文和訳的には「誤訳」と言い切るのもややためらわれる。というよりも、、英文和訳の稚拙さなのか、それとも、日本語文章における読点の打ち方の稚拙さなのかが、意図的に混乱させられており、何を咎めるべきなのかが判然としない部分がある。

 

とはいえ、日本政府訳を英語に戻すとなると、おそらくほぼすべての英訳者が、「We support the IAEA’s independent review to ensure that the discharge of Advanced Liquid Processing System (ALPS) treated water, which is essential for the decommissioning of the site and the reconstruction of Fukushima, will be conducted consistent with IAEA safety standards and international law and that it will not cause any harm to humans and the environment.」というように、which の関係代名詞の位置をずらすだろう。

だから政府訳は大いに問題があるのは事実だ。しかし、日本語の文脈では、誤訳ではないと言い張る余地は残されており、そこは姑息だ。