うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

翻訳語考。Rule of law は「法の支配」でよいのだろうか。2。Rule は「支配」でよいのか。

翻訳語考。Rule of law は「法の支配」でよいのだろうか。ここでは rule の訳語について考えてみたい。

当然ながら、rule を「支配」とすることが誤訳ということはない。ただ、英語には、「支配」の意味をもつ単語はいくつもある。名詞では control、domination、動詞では govern などもそうだ。

いま訳しているテクストで訳語の割り振りが難しいのは rule と domination。統治 rule /支配 domination にしてしまうかとも思うが、govern、government、governance も使われており、統治は govern に取っておきたいところ。辞書的にも、文脈的にも、rule と domination の両方を「支配」と訳しても、日本語としては問題なく読める。それに、英英辞典を引いても、rule の定義文に domination が単体で入っていることがあるので、このあたりのワードはある程度は交換可能であると言って差し支えないだろう。

では、何がひっかかるのかと言うと、それぞれのワードのイメージであり、単語がもつ他の意味であり、語源的な系譜だ。

 

Rule はそのまま「ルール」の意味があり、たいていはそれが定義の最初に来る。だから、rule の「支配」は、「ルールによる支配」であり、いわば非人称的な秩序をイメージさせるように思う。それはいわば杓子定規なものでもある。Rule には「定規」の意味もある。Ruling として名詞で使えば、「裁判所などの裁定」の意味になる。

語源的にはフランス語からの借用語で、そのさらに元にあるのはラテン語の regula で、「まっすぐな線を引くための棒」の意味らしい。動詞形は rego で、さらにその語源をたどると、「真っすぐにする」というような意味のようだ。だから、rule の「支配」に、理路整然としたものを思い浮かべるのは、あながち深読みではないだろう。

 

その一方で、dominate/domination にはもっと力押しというか、ダイナミックなイメージがある。英英辞典の定義文に使われている prevail (行き渡る)がその意味でわかりやすいし、英和辞典に出てくる「優勢」という訳語も喚起力がある。

また、OED の定義文を見ていると、over と組み合わさるケースが多いように感じる。リーダーズだと、dominate の定義2として、「…の上にそびえる、見おろす」が入っているが、これがそのようなイメージに対応した言い回しだろう。

リーダーズの定義1には「威圧する」や、「〈激情などを〉抑える」があるが、これは、dominate する側の力の誇示と同時に、dominate されるものの荒ぶる力を示しており、なかなか興味深い。

語源をたどっていけば、ラテン語の dominus(主人)が出てくるし、称号としては、ローマ皇帝や封建領主にたいして使われたり、教会や学術界でも使われていた。この意味で、dominate/domination には人称的なイメージがあるだろう。その究極の存在は、当然ながら、神である(BCほどは使われない「キリスト紀元」、すなわち「西暦」を意味する「AD」 は anno Domini の略語であり、直訳すれば「in the year of the Lord(主の年に)」)。

 

というわけで、同じ支配でも、幾何学的な秩序としての rule と、力による人称的なものとしての domination は、ずいぶん方向性が違うので、やはり訳し分けは必要ではないか。

 

とはいうものの、すべての英語話者がそこまで繊細に言葉を使っているかというと、それは書き手によりけりとしか言えない。ただ、これだけ言葉のイメージは違うのだから、明確な方針を持って使い分けていないとしても、無意識レベルでは選択している可能性は残るし、だとすれば、やはり多少は訳語を変えるべきかとは思う。

このあたりのさじ加減は難しい。まさに翻訳が解釈になるところであり、しかもそれは、センテンスの意味というレベルではなく、ディスコース内の整合性というレベルでの話になってくるため、純粋な意味での語学力ではなく、もっと広い意味での読解力が問われる部分である。

しかし、これをやり出すときりがないし、同一の語に複数の訳語を与えてしまうと、日本語読者にはその統一性が見えなくなってしまう危険が出てくる。

 

つまるところ、繊細な翻訳とは、このあたりのバランス調整に優れているものということになるのだろう。

 

でもどうなのだろう、「それこそまだAI翻訳にはできないことだ」と結論しようとしたところで、「もしかすると、書かれているものの意味ではなく、言葉の並び具合の妥当性を旨とするAI翻訳のほうが、いつか人間よりもこの問題を解決できるようになるのだろうか」という薄気味悪い予感もしてきた。