うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

翻訳語考。practical は practice の形容詞系なのだろうか。または、「的」の問題。

翻訳語考。practical は practice の形容詞系なのだろうか。そのとおりではあると思う。しかし、では、practice を「実践」と訳せるからといって、practical を「実践的」と訳していいものだろうか。

フランス語の pratique ならそれもありかなと思い、仏和辞典を引いてみたが、クラウン仏和辞典によれば、「1.実際的な、現実的な、2.実践的な、実用的な、3.便利な、実用的な、4.《古》熟達した、精通した」となっている。「実践」関連(2の意味)の用例として次のものが挙がっている。

connaissance ~ du français フランス語の実用的知識. morale ~ 実践道徳. Critique de la raison ~ de Kant カントの『実践理性批判』. exercices ~s [travaux ~s 《T.P. と略す》] 実習, (講義に対して)演習.

おそらく引っ掛かっているのは、「実践」ではなく、「的」の部分なのだと思う。「実践理性」は問題ないように感じるが、「実践的理性」というのは、何か中途半端な感じがする。

デジタル大辞泉によれば、「名詞に付いて、形容動詞の語幹をつくる」「的」には3つの用法があると言う。

㋐そのような性質をもったものの意を表す。「文学的表現」「詩的発想」
㋑それについての、その方面にかかわる、などの意を表す。「教育的見地」「政治的発言」「科学的方法」
㋒そのようなようすの、それらしい、などの意を表す。「大陸的風土」「平和的解決」「徹底的追求」

また、このような「的」の用法は、「中国語の助辞の用法にならって、明治初期の翻訳文のなかで、英語の -tic などの形容詞的な語の訳語として二字の漢語につけて用いられ出したもの」であるという。その意味では、「的」はほんの150年程度の歴史しかない用法であり、西洋語を前提とした語であるとも言える。

精選版 日本国語大辞典は、次の2つの用法を挙げている。

(イ) そのような性質を有する、それらしい、の意を表わす。「貴族的」「悲劇的」「病的」「合法的」「平和的」など。
(ロ) それに関する、それについての、その方面にかかわる、などの意を表わす。「美的」「私的」「科学的」「政治的」「現実的」など。

大辞泉のウの用法をアの派生形と見なせば、「的」は、修飾される語の「性質」や「内実」にかかわるものか、または、その語が適応される外在的な文脈にかかわるものかの2系統(ただし、両者は完全に切り離せるものという感じもしない)に分けられる、または、分けて考えることをひとまず前提として持っているとは言えるだろう。

ところで、この「的」の2つの用法は、constructive tool と contruction tool の違いとパラレルなところがあるように思う。constructive tool は、tool の性質が constructive であることを言っているため、比喩的な意味で「建設的な」ツールであれば、具体的な道具から、抽象的な考え方まで、さまざまなものを含みこみうるだろう。たとえば、computors are a constructive tool と言うように。その一方で、construction tool は construction 方面にかかわる tool、字義的な意味での「建設」に使われるツールであり、いわゆる作業道具——DIYで使いそうなもの——を指す(このあたりの用法の違いは、Google Image を使うと一目瞭然だ)。

「実践的」の違和感に戻ろう。おそらく、「それに関する、それについての、その方面にかかわる」用法で使いたいが、その用法がかならずしも慣用的には確立されていないワードにたいして使われると、「そのような性質を有する、それらしい」の意味のほうが先に出てきてしまうのではないか。「実践理性」はアリに思われるけれど、「実践的理性」は違う気がするのは、そのせいではないだろうか。

あと、個人的な感覚でしかないけれど、「実践的」は「実戦的」が残響として聞こえてきてしまい、その意味でも何かノイズがあるように思う。

ともあれ、「的」を濫用するのは慎まなければならない。便利な接尾辞ではあるけれど、機械的に用いると混乱を招くだけだろう(と言いながら、すでに「的」を使っていたことにいまさらながらに気が付いた)。