うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

翻訳語考。「連帯」のいかがわしい響き。

翻訳語考。「連帯」のいかがわしい響き。「連帯」という単語になにか引っかかりを覚えていて、なぜなのだろうかと思っていたのだけれど、その理由のひとつは日常的な用法というか自分の記憶のなかにある実際の用法がきわめて抑圧的な響きを持っているからであるように思う。

「連帯責任」。たとえば小学校の班行動で、たまたま同じ班に振り分けられたにすぎないメンバーのやらかしたことの責任をただ同じ班の人間であったからという理不尽な理由で叱られること。「連帯保証人」。幸いにして自分の体験にはないが、これもまた、他人の重荷を「自分の意に反して背負わされる」という強制性があるし、その強制性はいわば、忘れたころに突然やってきて、絶対的な拘束力を発揮する。「連帯」は(すくなくともわたしにとっては)「連帯(責任)」「連帯(保証人)」というようにネガティヴな残響や残像がその背後にただよう単語であるらしい。

「連帯」は西洋語の翻訳だろうと思い、英語のsolidarityをまず調べてみたが、Oxford Learner's Dictionariesによれば19世紀半ばごろのフランス語からの借用語になっている。*1

Atilfで調べると、フランス語でもそれほど古い単語ではないらしい。アカデミー・フランセーズ作成の辞書にsolidaritéが入るのは第5版(1798年*2のことで、solidaireにしても第4版(1762年)*3から出る。そのさいの語義は法律用的法が強く、日本語で言うところの「連帯保証人」のようなニュアンスが前面に出ているし、obligation(責務)という言葉が定義文に顔を見せる。*4

しかし、英語になると、なぜかそうした法的強制力は薄まり、「異なる人々やグループが共通の何かのために結びつくこと、またはそのようにして結ばれた状態」という意味が前面に出てくる。*5もちろんフランス語には前者と後者の意味の両方があるけれども、英語の場合、その分化が弱く、後者の意味のなかに前者の意味が吸収されているような雰囲気すらある。だとすると、日本語の「連帯」*6はもともとフランス語からの翻訳であったのだけれど、現在の「連帯」の用法はむしろ英語的と言っていいのかもしれない。

しかし、英語にしてもフランス語にしても、連帯には、mutual(相互の)という方向性がある。連帯は、水平的な横との繋がりであると同時に、全体との上下的な繋がりでもある。具体的な他者との心情的かつ実務的な繋がりがあってこそ、具体的に想像可能な全体(たとえばご近所、学校のクラスといった地域コミュニティー)や、想像的にしか捉えられないけれども確かに存在している全体(たとえば市町村、国、世界)との繋がりを感じることができるのではないか。というよりも、個と全体の無媒介的な繋がりは、全体が、個が感覚的に把握できる大きさ――それはせいぜい10数人ではないだろうか、スポーツの1チームの大きさを考えると(11人のサッカー、9人の野球、6人のバレー、5人のバスケ)そんな気がする――であってどうにかその可能性が開けてくるというような代物だろう。

連帯に「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン」というニュアンスがあることは確かだろう。けれども、全体にたいする奉仕や献身は、けっして、全体のために自分を犠牲にすること「だけ」であってはならないはずであるし、「自分のため」だけに全体を使うことであってもならないはずだ。連帯にはもっとずっと横の繋がりが必要だし、それは上下関係的なものでないほうがいい。「共感」よりは強く、実効力があるが、「ギブ・アンド・テイク」ほど実利的でも互酬的でもない。そうしたものとして「連帯」を捉えなおす必要がある。

「連帯」という言葉がトップによって口にされるとき、そこにはどうしても、「一致団結」のような上からの重さが加わってしまう。それを全体主義的というのは言い過ぎかもしれないし、それをもって「連帯」という言葉を切り捨ててしまうのはあんまりだと思うからこそ、「連帯」という言葉を下から横にどこまでも繋がって拡がっていく網状的イメージとして取り戻さなければいけない。

*1:ドイツ語だとSolidaritätだが、それもまた、フランス語からの借用語であり、19世紀の産物。

*2:SOLIDARITÉ. subst. fém. Terme de Pratique. Qualité de solidaire. Je ne veux point partager la solidarité avec cet homme

Dictionnaires d'autrefois: Search Results

*3:SOLIDAIRE. adj. de t. g. Terme de Pratique. Qui produit la solidité entre plusieurs coobligés. Cette obligation est solidaire. Avoir action solidaire contre quelqu'un.

On le dit aussi Des personnes. Il est solidaire, pour dire, Il est obligé solidairement. 

Dictionnaires d'autrefois: Search Results

*4:SOLIDARITÉ : Définition de SOLIDARITÉSOLIDAIRE : Définition de SOLIDAIREも参照のこと

*5:前出のOxford Learner's Dictionariesだとsupport by one person or group of people for another because they share feelings, opinions, aims, etc.であるし、Wikitionaryだと1.support by one person or group of people for another because they share feelings, opinions, aims, etc.で、2.Willingness to give psychological and/or material support when another person is in a difficult position or needs affection.だ。1913年のWebsterでは、An entire union or consolidation of interests and responsibilities; fellowship; community.となっている。Wikitionaryによればsolidarityの語源はsolidで、ラテン語までさかのぼるとsolidium(総計)であるという。

*6:大辞林第3版は1.お互いが、結びついていること。気分が一つになっていること。 「 -感」、2.二人以上の者が共同で責任をとること。となっている