モントリオール3日目午後後半。建物は1990年と新しいが、設立は1860年と長い歴史がある。そのせいでもあるのか、いまひとつコレクションの方向性がわからない。いわゆる西欧古典近代絵画、いわゆる現代美術に加えて、カナダ関連のものと、人類学的な品々を持…
モントリオール3日目午後前半。聖ジョゼフ礼拝堂はカナダ国定史跡に選ばれており、そのドームはバチカンに次いで第2位の規模を誇るというが、建物全体にただよう妖しさは新興宗教の異様な熱気を思わせる。バジリカまでエスカレーターでいけるようになってい…
モントリオール3日目午前中。モン・ロワイヤルという小高い丘というか山に作られた公園を歩く。設計者は、ニューヨークのセントラル・パークなどを手掛けたフレデリック・ロー・オルムステッド。とはいえ、マンハッタンの真ん中に広がるセントラル・パークと…
モントリオール2日目まとめ。オールド・モントリオールにある2つの教会と、街の歴史を語る博物館に足を運び、5キロほど歩いた。 モントリオールの道はそこまできれいな碁盤の目を描かない。たしかに基本的には直線的な伸び方をしているけれど、ブロックの大…
モントリオール2日目午後後半。ノートルダム・ド・ボンセクール教会は、モントリオールへのフランス人入植の最初期に、女性解放(尼僧院の外へ)という理想を抱き、危険極まりない大西洋を7回も渡った修道女マルグリット・ブルジョワが建設したものである。…
モントリオール2日目午後前半。オールド・モントリオールはモントリオール発祥の場所ということもあって、歴史的に重要な建築物がひしめき合っているが、そのなかでも象徴的なのは、フランス語だと Pointe-à-Callière - Cité d'archéologie et d'histoire de…
モントリオール2日目午前中。ノートルダム大聖堂は入った瞬間に息を呑むような美しさに圧倒させられる。しかし、よく見ていくと擬古典風というか、近代が再現した中世という感じもしてくる。全体的に青みが強く、どこかエジプトで目にしたコプト教会を思い出…
モントリオール2日目朝の散歩。モントリオールは、東にあるセント・ローレンス川に沿うように広がっており、北東と南西を結ぶ大通りがふたつある。西寄りにあるのがサント・カトリーヌ通りで、東寄りにあるのがルネ=レヴェック通り。後者を2キロほど北上し…
モントリオール1日目。とりあえず滞在先のホステルの周りを少し歩いてみる。ダウンタウンのややはずれということもあり、昼間が賑わうオフィスビル街という感じ。車道が広いが歩道も狭くない。この感じはLAに似ている。その一方で、フラットな土地ではなく、…
空港案内はすべてが仏英併記で、アナウンスもフランス語に続いて英語が流れる。それにしても、成田の出国審査でもそうだったけれど、自動化が進んでいる。とはいえ、最終的には、お決まりの口頭でのやり取りがわずかにあった。Where are you from? What's th…
成田空港に来るのは何年ぶりだろうかというぐらいだけれど、久々に来て、アジア系言語がそこかしこから聞こえてくることに気がつく(付言しておくと、アジア系言語がわかるからではなく、自分が知っている西欧系言語の響きではないことと、視覚的情報を補っ…
外貨が必要かとも思いつつ、まったく現地通貨を持たないのも不安なので、多少両替すると、20カナダドル札と5カナダドル札を出してくれた。英仏併記なのは予想通りだが、紙幣といえば紙という思い込みがあったので、ホログラムのような部分が紙幣の中にあるこ…
第一部 物語 気候変動の危機はまた、文化の危機であり、したがって、想像力の危機でもあるのだ。[. . . the climate crisis is also a crisis of culture, and thus of the imagination.](16‐17 [9] 頁 ) 環境をめぐる〈不気味なもの〉は、超自然な不気味…
文章は、なにかないものとして描き出すことで、それを記述することができないところを言葉で占めることで、陽否陰述に自己言及的なねじれを生じさせるが、このねじれは、なにかを記述する私たちの能力をどれほどまでに言葉が駄目にしているかということへの…
「近代人のこれまでの選択は、つねに古いものと新しいものとのあいだの選択だった[…]近代人にとって過去に架ける橋はない。過去はつねに乗り超えられるもの、時代遅れになるものだ。[…]伝統の概念を懐古的だと笑い飛ばし、伝達、遺産、再生のすべての形…
「近代化に抵抗するとは、自らの地所の代わりに他の地所が用意されることを、勇気をもって拒むことである。」(ラトゥール『地球に降り立つ』33頁)
「人間が他の生命体と絡まり合っているという事実は、私たちに集団的および個人的なところで影響を及ぼしている現在のパンデミックに関する物語においてだけでなく、惑星的なレベル――たとえば地球システムの歴史―—においても明瞭である。だがこれらの絡まり…
「惑星、つまり地球システムは、私たちとの関わりにおいてかつてのそれとは異なっている。生命を支える惑星的なプロセスは、私たち人間という目的に仕えることを求められているわけではない。人間は、この惑星の生命の歴史における、偶然の産物の一つである…
ウィム・ウェンダースは2年前のレトロスペクティヴで観て気に入ったということもあり、公開されてからずいぶん経ってしまったけれど、やっと『Perfect Days』を観てきた。 よくもわるくもウェンダースという感じ。「ウェンダースは距離を撮る映画監督」、し…
「警部、ご覧のとおりです。すべてはただの茶番劇、それ以上でもそれ以下でもありません。[Er sieht, Herr Kommissar: das Ganze war halt eine Farce und weiter nichts.]」と、3幕のドタバタ劇のあと、デウス・エクス・マキナのような役割で登場した元帥…
20240303@静岡市美術館『高畑勲展——日本のアニメーションに遺したもの』は大変充実した展示だった。手書きのノートから絵コンテからイメージボードから原画まで、ポスターやちょっとしたインタビューやアニメーション映像まで、相当な点数があり、美術館が「…
翻訳語考。戯曲を読んでいると、「(間)」というト書きと遭遇する。いま読んでいるベケットの『ゴドーを待ちながら』の場合、どちらもベケット自身の手になるフランス語版と英語版があるけれど、邦訳における「間」に相当するフランス語は「un temps」であ…
"A genuine revolution of values means in the final analysis that our loyalties must become ecumenical rather than sectional. Every nation must now develop an overriding loyalty to mankind as a whole in order to preserve the best in their i…
"For we’ve come to see the power of nonviolence. We’ve come to see that this method is not a weak method, for it’s the strong man who can stand up amid opposition, who can stand up amid violence being inflicted upon him and not retaliate w…
ピアノ奏者や弦楽器奏者や管楽器奏者から指揮者に転向した例となれば、いくらでも思い浮かぶし、兼業してそのどちらでも成功している音楽家の名前をすぐさま挙げることができる。しかし、声楽家から指揮者に転向した事例となると、いろいろと考えてみて、声…
翻訳語考。practical は practice の形容詞系なのだろうか。そのとおりではあると思う。しかし、では、practice を「実践」と訳せるからといって、practical を「実践的」と訳していいものだろうか。 フランス語の pratique ならそれもありかなと思い、仏和…
音響のごまかしが一切効かなさそうな NPR の Tiny Desk Concert でこれほどの精度の演奏を繰り広げるのにはまったく驚かされる。そして、これほどまでにアグレッシヴさを、50年近くにわたる活動の最後まで保ち続けたことに心を打たれる。 視覚的情報に頼るの…
マルクスの『ゴータ綱領批判』で使われていること有名な「Jeder nach seinen Fähigkeiten, jedem nach seinen Bedürfnissen!」というフレーズがある。スタンダードな英訳は「From each according to his ability, to each according to his needs」だろうか…