うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

みんなに必要なジェンダー史、または歴史を学ぶことの愉しみ:弓削尚子『はじめての西洋ジェンダー史』(山川出版社、2021)

ジェンダー史を学ぶこと、それはわたしたちのジェンダー概念を問い直すこと、その起源や変遷をたどりなおすことでもあり、その意味で、歴史は現代における世界認識や世界理解に衝撃を与えるものである。

ジェンダー史は、女についてのもの(だけ)ではない。というのも、女はつねに男という対照項との関係において(またはそれ以外のジェンダーとの関係において)規定されてきたものだからだ。ジェンダー史について考えることは、ジェンダー分割について考えることであり、それは、ジェンダーという視点から人間という概念=存在について考えることであると言ってもいい。

家庭、女らしさ、身体、異性装といった視点ばかりか、男のほうからの視点――男らしさ、兵士、ホモセクシュアル――を含めて、近現代史を中心に、議論が展開していく。どの章も面白い。ジェンダー史の研究がどのように生まれ、発展してきたのかも、手際よくまとめられ、有機的なかたちで歴史についての議論に組み込まれている。最終章はポストコロニアルな視点を導入し、グローバルヒストリーを視野に入れている。ジェンダー史を深く狭く内向きに掘り下げるのではなく、ジェンダー史が何に向かって開かれているのか、何に向かって開くべきなのか、それが本書を貫く問題意識だ。

素晴らしいバランス感覚で書かれた本。網羅的でありながら、マニアックにはなっていない。批判意識にあふれているが、詰問調ではない。歴史学の知的興奮や倫理的使命が、きわめて説得的に、しかし、強制的ではないかたちで、全編にわたって提示されている。挿絵が多く、パラパラとページをめくるだけでも面白い。

『はじめてのジェンダー史』という題名どおり、初心者のために書かれた本ではあるが、参考文献が詳細で、研究の手引きにもなる。手元にあってもいい一冊。