うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

やわらかい知能、やわらかさという知能:鈴森康一『いいかげんなロボット』(科学同人、2021)

孔子は「學則不固(学ぶことによって考え方や行動が柔らかくなる)」と言いましたが、彼らは「やわらかいものには知能が宿る」と捉えているのです。」(鈴森康一『いいかげんなロボット』119頁)

キッチン用品でシリコン製のものがポピュラーになったのはいつのことだろうか。個人的には2000年代中盤、シリコンスチーマーが流行り出したあたりという感覚がある。

シリコンはやわらかく、変形する。材料を詰め込んでも、角ばったところや大きすぎるものがあっても、容器がたわんで、どうにか蓋を占めることができる。シリコンのヘラは、ボールの湾曲にそってわずかに形を変え、ぴったりとフィットする。そのような柔軟性は、硬い木べら、プラスチックのタッパー、テフロンやステンレスの調理器具が当然だと思っていた身には大きな驚きだった。

 

鈴森康一が『いいかげんなロボット』で紹介している「ソフトロボット」は、もしかすると、シリコン製品の登場にたいしてわたしたちが感じていることにとても近い話なのかもしれない。

長い間、ロボットは「ハード」なものだった。剛性の高い、精密なもの。ロボットのアームは決してたわむことがない。ベアリングは数ミリどころか数ミクロ単位で調整される。すべては高度に規格化されており、個体差は排除されるべき問題であった。

裏を返せば、ハードなロボットには、「遊び」がないということだ。わずかなズレが誤作動につながりかねない。だから、わずかなズレをなくすために、膨大な配慮が、設計から操作にいたるまで、徹底される。精密さの代償は硬直化である。

 

ソフトロボットの設計精神は、ハードロボットのそれの対極にあると言っていいのだろう。あらゆる状況をシミュレーションし、考えうるかぎりの不測の事態にたいする対応策を立てたうえで、硬いものを極限まで作り込むというのは、究極的なコントロールを目指すことだ。ソフトロボットは、「いいかげん」なものであると鈴森は繰り返し述べるけれど、それは、ソフトロボットが、予見不可能なものを排除しないから、ハードロボットの観点からすれば無駄で余計な余白を持っているからである。

ひと言で表すのであれば、ソフトロボットとは「いいかげんなロボット」だと私は思います。第一節で述べたように、従来のロボット工学から見ればソフトロボットは精度も信頼性も悪く”ダメロボット”なのですが、外界への適応性・順応性を持ち、”良いかげん”に機能するからです。(30頁)

精密でなくていいというのではない。しかし、精密さとは別のものを求めるのだ。コントロールする側、制作者にして操作者である人間のほうでまず完璧に詰めるのではなく。ロボットとその対象のあいだの関係を重視する。それは、人間のほうが全能感をあきらめることである。

ロボットの設計者がコンピューターを使ってロボットの動きをすべて仕切るのが、従来のロボット工学の考え方だとすれば、ソフトロボット学は「細かな判断を現場に委譲する」やり方と言えます。適切な能力を持つ現場に、適切な権限移譲を行えば、現場はその状況に適応して”良いかげん”に機能するのです。(86‐87頁)

物事は予見不可能なところがあること、物事には偶発的なところがあることを受け入れること、しかも、ネガティヴなものではなく、ポジティヴなものとして「わからなさ」を積極的に取り入れていくこと、それは、トップダウン的なやり方ではなく、現場主義的なやり方にパラダイムシフトすることでもある。

 

ソフトロボットが、金属的なものではなく、樹脂的なものと相性がいいのは、そういう理由なのだろう。硬すぎる素材は、そもそも、柔軟性に乏しい。もちろん、硬い素材を柔軟性を持つように設計することはできる。硬い素材を薄くして、それを組み合わせる、というように。

不安定な素材、劣化する素材を積極的に取り入れていくというのも、同じ理由だろう。ソフトロボットは、永続的なものではない。その意味で、ソフトロボットは、無機物ではなく有機物であり、生物的な特徴を備えているとも言える。

鈴森はソフトロボットとニューラルネットワークの親和性(124頁)やAI的なものとの類縁性について論じてもいるけれど、ここでポイントとなるのは、作り上げようとするものが可塑的なものであり、外界からの影響に開かれており、そうすることで、臨機応変に形を変えていくものである、という点だ。

 

サイエンスとエンジニアリングの違いは、ある意味では、旧来のロボット工学とソフトロボット学の違いと重なるところがあると言う(158‐59頁)。

サイエンス エンジニアリング
自然界の真理 価値創造
普遍的な法則 有用性
妥協をしない 妥協をする
文部科学省 経済産業省

しかし、エンジニアリングのなかでもさらに違いがあるらしい。物理系と化学生命系で「実験」の捉え方が大きく異なるそうだ。物理系にとっての実験はいわば検証であり、理論的に想定した仮説の答え合わせをものだとすると、化学生命系にとっての実験は、どうなるか予想のつかないことをやってることであり、やってみなければわからないことをやってみるというお試し的なものなのだという。

ソフトロボット学の発展には、異分野交流が欠かせないという。しかしそこでは、分野それぞれに備わっている前提や価値感の相容れなさが露出するところでもある。そこがむずかしさでもあれば、わくわくするところでもあるのだろう。