うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

2021-01-01から1年間の記事一覧

特任講師観察記断章。キレた言い訳。

特任講師観察記断章。「こんなふうにキレることを愉しんでやっているわけではまったくない。いつだってキレたあとは嫌な気持ちになる。心が削られる。しかし、ある程度の労力と時間をかければ必ずできることをやってきていない、しかも、特筆すべき理由もな…

戦略の論理、弁証法の論理、または異質なものを異質なままに(フーコー『生政治の誕生』 )

Et ce dont il faut bien se souvenir, c'est que l'hétérogénéité n'est jamais un principe d'exclusion ou, si vous voulez encore, l'hétérogénéité n'empêche jamais ni la coexistence, ni la jonction, ni la connexion. Disons que c'est précisémen…

予示的な祝福(ギュイヨー「戦争」)

Longtemps reste en nos cœurs, aux guerres survivant, La haine l’injustice appelle l’injustice ; Triste fécondité, le mal produit le mal ! Quel siècle mettra fin à ce cycle fatal ? Renonçant, à saisir la dernière victoire, Quel peuple élarg…

AIが可能にする中央集権化(ユヴァル・ノア・ハラリ『21世紀の人類のための21の思考』)

In the late twentieth century democracies usually outperformed dictatorships because democracies were better at data-processing. Democracy diffuses the power to process information and make decisions among many people and institutions, whe…

常時接続状態にはなりえない人間とそうでありえるコンピューター(ユヴァル・ノア・ハラリ『21世紀の人類のための21の思考』)

Since humans are individuals, it is difficult to connect them to one another and to make sure that they are all up to date. In contrast, computers aren’t individuals, and it is easy to integrate them into a single flexible network. Hence w…

特任講師観察記断章。普遍の不自然さの必要性。

特任講師観察記断章。Universalから「普遍」という訳語がすぐ出てこないというのは文系の大学2年生としていかがなものだろうかと思う自分の衒学的な性向はいったいぜんたい真っ当なのかと疑ってかかるべきだという意見はまったくもっともではあるのだけれど…

特任講師観察記断章。ブレインストーミングの不承不承の導入。

特任講師観察記断章。人文学にたずさわる者として、大学の経営主義に諸手を振って賛同することは原理的にありえないとはいえ、数年後に社会に出ていく学生たちをビジネス界の言葉と親しませることに反対するところまではいかない。そういうわけで、「ブレイ…

「理解可能」な翻訳のむずかしさ:ステファヌ・マラルメ、柏倉康夫訳『詩集』(月曜社、2020)

ステファヌ・マラルメ、柏倉康夫訳『詩集』(月曜社、2020) マラルメは何度読んでみてもどうしてもピンとこない。フランス語で読んだほうがもっとわからないだろうけれど、そのほうがマラルメの詩の凄味はわかる気がする。こう言ってみてもいい。日本語にな…

ワクチン接種2回目

ワクチン2回目接種から15時間ほど経過して38度近くまで体温が上がってきた。ほかの特定の症状をともなわないこの漠然とした全身の倦怠感と悪寒は未体験の身体状態だが、それに呼応する精神状態はかならずしも未知のものというわけでもなく、いまはただ、いつ…

寛容と狭隘(ギュイヨー「詩人の悪」) 

それでは足りないのだ、ほんの一日だけ 映し出すのでは、押し黙る宇宙を――そして消えてしまう宇宙を とどめたいのだ、ああ、漠とした偉大なるイマージュであるお前を 他のものに刻むことができたら! 永遠の自然 がわたしに憑き、つきまとい、わたしの詩から…

健康的な倦怠感:Luiz Fernando Malheiroとアマゾナス・フィラルモニカの中音域の旋律的音楽

このところLuiz Fernando Malheiroというブラジルの指揮者の録音をYouTubeで聞いている。ネットで検索しても英語の情報はでてこないが、ブラジルのオペラ界の重要人物のひとりらしく、アマゾナス州の州都マウナスのアマゾナス・フィラルモニカの芸術監督を務…

文語と口語の関係(堀口大學「僕の文法」)

「文語に口語のやさしさを/口語に文語のきびしさを」(堀口大學「僕の文法」quoted in アーサー・ビナード『日本の名詩、英語でおどる』106頁)

灯台の光と交錯する視線(ウルフ『灯台へ』I. 11)

「いいえ、そんなことはない。彼が切り抜いた写真のいくつか――冷蔵庫、芝刈り機、燕尾服を着た紳士――をひとつにまとめながら、彼女はそう思った。子どもたちはずっと覚えている。だからこそ、何を言ったか、何をしたかは、とても大切なことなのだ。子どもた…

ピアノ曲としての『トリスタン』:大井浩明の意図的に抑制的なピアニズム

大井浩明と聞いてすぐに思い出すのは、Timpaniから出ているアルトゥーロ・タマヨとルクセンブルク・フィルとのクセナキスの録音で、そこでの大井のピアノは、奏者の肉体的な限界と楽器の物理的限界とを対決させたような、表現としての軋みがあったけれど、こ…

ロシア的なパワーと照明の幻想味のミスマッチ:出所のよくわからない『トリスタン』の映像

どういう出所の映像なのかよくわからないが――カメラワークの稚拙さからすると、膝上録音ならぬ膝上録画のような感じもするが、そのわりには字幕が入っているのが解せない――オーケストラのあまりにパワフルな演奏にときどき思わず笑ってしまう不思議な魅力の…

室内楽編曲された『ワルキューレ』:ロングボロー音楽祭の映像

YouTubeのサジェッションでたまたま見つけたこのワーグナーの『ワルキューレ』の映像は、2021年6月8日、イギリスのコッツウォルズで開かれていたロングボロー音楽祭の記録とのことだが、室内オケのサイズにまで縮小したFrancis Griffinの編曲(4-4-3-3-2の1…

空虚な巨大さ:アイロニストとしてのロリン・マゼール

ロリン・マゼールの作り出す音楽の空虚な巨大さはひたすら不気味だ。全体の構えは大きく、音は停滞を嫌うかのように勢いよく流れていく。引き締まった硬めのリズムが小気味よい。それでいて、柔軟さに欠けているわけでもなく、しなやかさもある。抒情的な歌…

『マイスタージンガー』のハンス・ザックスの革命性

ドイツ語再勉強のためにワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』のリブレットを読みながら、このオペラにおけるハンス・ザックスの立ち位置がわからなくなってきた。 彼がニュルンベルクにおいて尊敬を集める人物であることはまちがいない。ギル…

豊饒な抒情性:ジャン・ジロドゥ、安堂信也訳『ジークリート』(白水社、2001年)

ジャン・ジロドゥの処女戯曲ではあるが、ジロドゥはすでに小説家としてデビューしていた。そしてこの戯曲はすでに出版していた小説の改作であるという。小説のほうは読んでいないので、小説から戯曲へのアダプテーションにおいてジロドゥが何を行ったのかを…

アメリカ観察記断章。フランス語のon。

To which extent is the French language enriched by "on"? It seems to me that Zola's writing style is almost inconceivable without this impersonal but still participatory pronoun. Probably this is the case with any French writer. I mean, I …

感情と時間を混ぜ合わせる(ウルフ『灯台へ』)

To her son these words conveyed an extraordinary joy, as if it were settled, the expedition were bound to take place, and the wonder to which he had looked forward, for years and years it seemed, was, after a night's darkness and a day's s…

高橋アキの直感的なピアニズム:高橋アキ『パルランドーー私のピアノ人生』(春秋社、2013)

高橋アキのなかにはかなりはっきりとした音響世界があるようだ。そしてそれは、サウンド的であると同時に、ビジュアル的なものでもある。通り抜ける風、きらめく水面。 www.shunjusha.co.jp その系譜に連なるのが、武満徹であり、モートン・フェルドマンであ…

リアリズムと印象派の融合、または非人称的な抒情性――吉田博展

20210829@静岡市美術館 吉田博が目指したのは、木版画におけるリアリズムと印象派の融合だったのだろうか。初期の水彩風景画から一貫して吉田は構図の妙、光のグラデーション、細部のニュアンスにこだわる画家であり続けた。しかし、風景を凍結された時間の…

アガンベンの思考のスタイル:ジョルジョ・アガンベン、岡田温司訳『書斎の自画像』(月曜社、2019)

本は読まれるのではない。むしろ、時間を超えた記憶できないほど彼方の点から到来してくる、忘れがたくも散り散りの一連の思い出を通して、たどたどしく辿られるのである。/このようにして、わたしはいちばん愛読する本たちを読んできたし、再読している。…

堕落した社会で立派に振る舞う人々が聖人(ヴォネガット『国のない男』)

「彼女はこう書いていた。「わたしはあなたの意見を聞きたいのです。わたしは四十三歳で、ようやく子供を産もうと思うにいたりました。でも、不安でしょうがないのです。こんなに恐ろしい世界に新しい生命を送りこんでいいものなのでしょうか」……わたしはこ…

決められない疑似民主制:市民参加の平田オリザの『忠臣蔵2021』

20210606@静岡県舞台芸術公園 野外劇場「有度」 武士のアイデンティティを探す話――平田オリザ作の『忠臣蔵2021』のあらすじを一文で強引にまとめればそうなるだろう。250年以上にわたる太平の時代が始まって1世紀近くが過ぎた頃に勃発した出来事に巻き込ま…

すべてを自由にする(シラー『人間の美学教育について』)

"A noble spirit is not satisfied with being itself free; it must set free everything around it, even what is lifeless [Ein edler Geist begnügt sich nicht damit selbst frei zu sein; er muss alles andere um sich her, auch das Leblose in Frei…

最高の共通意図の獲得(ワーグナー「未来の芸術作品」)

「芸術的人間は、ドラマのなかで自分とは異なる一個の人物を演じることによって、自己の特殊な存在を人間一般に通じる存在へと拡張する。自分とは異なる人物の個性を完全に理解して他人を演じるためには、芸術的人間は、自分の殻を完全に破らねばならないが…

フェルドマン化されたバタゴフのシューベルト:拡大された細部の向こうの緩やかで穏やかな大きな流れ

アントン・バタゴフは最初の小節を何度か自由なかたちで繰り返す。左手の和音をまずは全音符で2回、それから楽譜通りのリズムで2回。音楽のパルスを定めるかのように。 そして、両手で譜面通りに最初の小節を4回。このとき音楽は前に進まない。波がたゆたう…

無数の事物には無数の視点を(ギュイヨー『義務も制裁もなき道徳』)

"La vraie « autonomie » doit produire l’originalité individuelle et non l’universelle uniformité. . . . Puissions-nous en venir un jour à ce qu’il n y ait plus nulle part d’orthodoxie, je veux dire de foi générale englobant les esprits ; à…