うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

2021-01-01から1年間の記事一覧

『大地の歌』の加筆部分の後期ロマン派のムード

ドイツ語再勉強のためにマーラーの『大地の歌』のテクストを読んでいると、そこには、東洋趣味(厭世的で享楽的な飲酒、移ろいゆきながら回帰する自然の鑑賞、東洋的庭園)だけではなく、後期ロマン派的なムードが入り込んでいることにも気づかされる。もの…

かわいいは正義:熊代亨『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス、2020)

いささかの誇張を込めて言うなら、現代東京、ひいては現代日本において「かわいいは正義」なのである。「かわいい」は誰にでも愛される、繁華街でも閑静な住宅地でも通用するコンセプトであり、地方自治体が好んで用いることが示しているように、安全で無害…

verlernen / unlearn

ドイツ語のverlernen((習い覚えたことを)忘れる)は英語のunlearnよりもポジティヴな感じがする。unlearnはスピヴァクがよく使うので、漠然と近年の造語のように考えていたけれど、OEDによれば、16世紀初頭が初出とのこと。 (a) transitive. To forget or…

『パルジファル』のなかのアラブ的なもの

ワーグナーの最後の楽劇『パルジファル』はきわめてドイツ的なものだとずっと思い込んでいたが、先日ドイツ語の再勉強のために英語対訳版で台本を読んでいたら、クリングゾールの城は「アラブ系スペイン arabischen Spanien」(英訳だと「ムーア系スペイン M…

他者に共感するだけでは足りない

サイード、ブルデュー、タン エドワード・サイードのいう「知識人」は、エリート的ということもさることながら、自己決定できる、自己決定に責任を負える強い個人を前提としている。しかし、そうした強さは、やはり、社会の一定数にしか到達不可能ではなく、…

「役者は時代の縮図」(シェイクスピア『ハムレット』)

" . . . foul deeds will rise,/ Though all the earth o'erwhelm them, to men's eyes." (Shakespeare. Hamlet. I. ii.) "There are more things in heaven and earth, Horatio,/ Than are dreamt of in your philosophy." (Shakespeare. Hamlet. I. v.) "W…

特任講師観察記断章。全人的な行為としての教育。

特任講師観察記断章。アメリカ人の鉛筆の持ち方のひどさについてはかなり前に書いたことがあるけれど、それと同じ現象を日本でも観察できるようになってきたのかもしれない。学期末の試験のあいだ、学生の手元を見ていると、なかなか個性的なペンの持ち方を…

Giorgio Caproni. Ritorno.(ジョルジョ・カプローニ「帰還」)

Ritorno Sono tornato làdove non ero mai stato.Nulla, da come non fu, è mutato.Sul tavolo (sull’inceratoa quadretti) ammezzatoho ritrovato il bicchieremai riempito. Tuttoè ancora rimasto qualemai l’avevo lasciato. 帰還 わたしが帰ったところ…

多数の結節点としての個人や社会(ラトゥール、レピネ『情念の経済学』)

というのも、われわれ自身のもっとも内奥では、つねに「多数」が支配しているからである。社会学主義の一世紀のあとでタルドを理解することがこれほど難しいのは、彼が社会を個人とけっして対立させず、むしろ反対に、社会も個人もどちらもかりそめの集合体…

他者救済としての「経済」(テツオ・ナジタ『相互扶助の経済』)

われわれがくり返し強調してきた「相互扶助」という言葉は、人びとの道徳意識の根底にある強力な規範でありつづけている。一八世紀はじめに伊藤仁斎が哲学的に表現したように、「善」や「慈悲」(323)は抽象的な概念ではない。人が他者を救い、苦痛や不幸を…

殉教または生と死の価値の逆転(フーコー『肉の告白』)

「ところで、周知のとおり、殉教は、真理をめぐる振舞いである。すなわち、殉教とは、そのために人が命を落とす進行を証言するものであり、この世の生が一つの死に他ならないのに対して死の方は真の生に到達させてくれることを現し出すものであり、その真理…

自分とは異なったさまざまな眼を持つこと(プルースト『囚われの女』)

Le seul véritable voyage, le seul bain de Jouvence, ce ne serait pas d’aller vers de nouveaux paysages, mais d’avoir d’autres yeux, de voir l’univers avec les yeux d’un autre, de cent autres, de voir les cent univers que chacun d’eux voit,…

非時系列的な共鳴箱(ファニー・ピション『プルーストへの扉』)

「この作品は線としてとらえられた時間のなかで起こる出来事を年代順に並べた物語ではなくて、同時に存在するいくつもの経験を入れる共鳴箱、あるいは文学の大聖堂となるはずです。それをプルーストは「私たちの人生はほとんど時系列を無視して成り立ってい…

真をなす [faire vrai]」こと(フーコー『肉の告白』)

「悔悛者がなるべきこと、それは、自分がしたことについて「真を語る [dire vrai]」ことよりも、自分がそうであるところのものを現出化することによって「真をなす [faire vrai]」ことなのである。/悔い改めの実践が、必ず悔悛者の真理を白日の下に晒すため…

特任講師観察記断章。出席にたいする執着。

特任講師観察記断章。この出席にたいする執着は何なのか。この執着はいったいどこから来るのか。 学生から寄せられる問い合わせの筆頭に来るのは出欠確認についてのものだ。今期は、公欠扱いになるケースがいろいろとあり、欠席届が学生室経由で送られてきた…

特任講師観察記断章。英語力と思考力。

特任講師観察記断章。英語できちんとした文章を書くために必要なのは、究極的には、狭義の英語力ではなく、広義の思考力であり、話を作る能力だ。日本語で論理的に語ったり、説得的な物語を作ったりできないとしたら、どうして英語でそのようなことができる…

アバドの不完全さ:完結を拒否するワークインプログレス

クラウディオ・アバドの音楽は、なにかとても不完全に聞こえる。オーケストラのほうに能力が欠けているからではないし、指揮者のほうの力不足ということでもないだろう。音楽をする歓びがあふれだしているし、知的な洗練とともに、肉感的な愉楽もある。にも…

カリフォルニア風の要素でカモフラージュ(ピンチョン『ブリーディング・エッジ』)

「秘密の何かをしでかそうとして世間の目をそらしたいとき、ちょっとカリフォルニア風の要素を入れてカモフラージュするのがコツって知ってた? そうすれば確実に笑い者になるし、誰も気に止めなくなるよね」(ピンチョン『ブリーディング・エッジ』176頁)

特任講師観察記断章。統合者としての語学教師。

特任講師観察記断章。社会道徳は時代によって移り行くものだから、わたしたちのほうにもアップデートが必要になるわけだけれども、OSやソフトウェアと違うのは、倫理の最新版のダウンロードやインストールは自動的にお知らせが入らないところだろう。手動で…

特任講師観察記断章。褒めたり叱ったりという情動的交感。

特任講師観察記断章。大学教育はどこからどこまでのものなのだろう。既存の知の共有と新たな知の創出が、そのコアにあることは確信しているのだけれど、褒めたり叱ったりという情動的交感は、大学教育の範疇に入るのか。入るとすれば、どのあたりに位置付け…

道徳的比喩としての戦争の問題(ル=グウィン「あとがき」『ゲド戦記』)

"War as a moral metaphor is limited, limiting, and dangerous. By reducing the choices of action to "a war against" whatever-it-is, you divide the world into Me or Us (good) and Them or It (bad) and reduce the ethical complexity and moral r…

『ブックセラーズ』のまとまりのなさ

10人ほどのブックセラーの群像劇という感じ。ただ、ブックセラーといっても、基本的に稀覯本を扱う人々であり、一般の本屋を期待していたので、すこし裏切られた気分。 10‐15分ほどの短いシークエンスをつないだ作りで、アテンションスパンが短くなってしま…

『ノマドランド』のなかの美的なものと経済的なもの

@20210601 CineCity Zart いい映画だ。自然の映像が美しい。荒れ狂う波、広大な砂漠、遠景の山脈。それから作業場の機会の崇高さ。アマゾンの配送センター、掘削場のようなところ、バーガーレストランの調理場。 ファーンという女性を軸に物語は進んでいく。…

死に魅入られた芝居:宮城聰演出、ソポクレス『アンティゴネ』

20210505@駿府城公園 死に魅入られた芝居――そんな言葉を宮城聰演出のソポクレス『アンティゴネ』に投げかけてみたい誘惑に抵抗しなければならない。これは死者のドラマではない。水をたたえた暗い舞台、中央には灯篭のように積み上げられた人の身長よりも高…

カイルベルトの職人芸の人間性:ドイツ・ローカルな指揮者

ヨーゼフ・カイルベルトは洗練をあえて退けるようなことをする。音が割れることもいとわず金管に咆哮させる。終結部では、造形が崩れることもいとわずアッチェレランドをかける。まるで綺麗にまとめることを生理的に拒むかのように。 しかし、この熱血な忘我…

まねること、学ぶこと、考えること(ル=グウィン『オールウェイズ・カミング・ホーム』)

"As a kitten does what all other kittens do, so a child wants to do what other children do, with a wanting that is as powerful as it is mindless. Since we human beings have to learn what we do, we have to start that way, but human mindfuln…

マーラー交響曲5番4楽章アダージェットの映像化の可能性

もはやマーラーの交響曲第5番4楽章アダージェットをヴィスコンティの『ヴェニスに死す』と切り離してイメージすることができないこと、ゴンドラと水と甘美な死というイマージュが否応なしに喚起されてしまうことを引き受けた上で、なにかべつの美の可能性を…

嘆きの歌の慰め(エウリピデス『トロイアの女』)

「幸薄き者の雅びは/調べなさぬ悲運の嘆きのみ。」(エウリピデス『トロイアの女』120‐21行) 「苦しみになやむときは涙こそこよなき慰め、悩みを歌い、苦しみを語れば、おのずと心は安まるもの。」(エウリピデス『トロイアの女』608‐9行)

モンポウの間:中古CD屋めぐり

中古CD屋めぐりは大学時代の日課だったけれど、留学してからはずっと遠ざかっていた。 最近また静岡の街中にあるなんということはない中古CD屋に週1ぐらいで通うようになった。 思わぬ掘り出し物がたまにある。 先日見つけたのは、モンポウのピアノ曲集。50…

特任講師観察記断章。Equalでdifferent。

特任講師観察記断章。Equalでdifferent。「民主主義は、ある意味、矛盾に立脚するシステムです。民主主義は、わたしたちに、equalでありながら、diverseでdifferentであることを求めます。権利のうえではequalでなければならない。たとえばある人は5票持って…