2020-01-01から1年間の記事一覧
エーリッヒ・ラインスドルフの職人芸の巧さはあまりに渋い。受け狙いの派手さがない。外面的効果を意図的に避けているとまではいわないが、聴衆にとっての聞きやすさのために、音楽の内在的な要求を犠牲にするようなことは絶対にない。 だから彼の正規録音(…
オットー・クレンペラーほど奇人変人譚にことかかない指揮者も珍しいだろう。歌手と駆け落ちし、オペラ劇場で亭主に殴られる。寝タバコがもとで全身大やけどを負う。罵詈雑言の逸話も多い。躁鬱症だったという。 しかしその一方で、彼の音楽の作り方はきわめ…
ヘルベルト・フォン・カラヤンがどのような音楽を目指していたのか、どうもよくわからない。ベルリンフィルとの録音は、スポーツカーのエンジンを全開で吹かして最大速度で駆け抜けていくような無神経な爽快感がある。しかしその一方で、オペラ録音になると…
20200523@静岡県立美術館 具体的に存在している物を抽象化し、抽象的なモノ――線や図形――に具体的な動きや流れやバランスを見いだし、それをふたたび物質として具体化する。具体的なものを純粋に具体的にするために、それを抽象的な要素として捉え直すという…
フリッツ・ブッシュのグラインドボーン祝祭管とのモーツァルト=ダ・ポンテ三部作の録音は、いまなお新しい。ドナルド・キーンはブッシュの『フィガロの結婚』でイタリア語を覚えたというような話をどこかで読んだ記憶があるけれど、自分のイタリア語もまた…
ジュリアード弦楽四重奏団はいまも存続しているが、自分にとってのジュリアードといえば、ラファエル・ヒリヤーがビオラを弾いていた時期、そのなかでも、50年代後半から60年代中ごろにかけての録音がまっさきに浮かぶ。バルトークの6曲、ベートーヴェンの中…
岡田利規『三月の5日間』のあらすじをまとめるとなにかとんでもなくつまらない戯曲のように聞こえるかもしれないけれど、実際くだらない話なのだから仕方ない。3月のとある5日間渋谷の道玄坂のラブホテルにこもってやりまくった話。それが芥川龍之介の「藪の…
20200505@くものうえ世界演劇祭 2時間ほどのキリル・セレブレンニコフの長編映画『The Student』(原題:Ученик)は何かについての作品なのだろうか。大澤真幸のプレトークによれば、「信じること」をめぐる映画であるという。母子家庭の高校生男子ヴェーニ…
20200504@くものうえ世界演劇祭 ほんの1時間ほどのオリヴィエ・ピィの『愛が勝つおはなし』は、ピイが長年取り組んでいるグリム童話シリーズのひとつ、その下敷きとなるのは象徴主義劇作家メーテルリンクがその処女作に選んだのと同じ「マレーヌ姫」で、波乱…
特任講師観察記断章。オンライン授業は、教える方がさまざまな問題を背負いこむことであるらしい。たとえば講義素材をアップロードするサイトの仕様からくる問題。たとえば動画の技術的な不備。 うちの大学の学内システムがお粗末なのが元凶であると思うけれ…
エルネスト・ブールの凄さを語るのは存外むずかしい。あまりにあたりまえに聞こえるからだ。凄さが当然のようにしか聞こえないからだ。それはおそらく、冷たい暖かさ、大雑把な正確さというふうに、オクシモロン的にしか語ることができないからだ。 ブールと…
特任講師観察記断章。泥沼状態としかいいようのない。通常なら8割くらいの準備で授業にのぞんで、それでちょうどよいぐらいなのに――というのも、10割まで準備しすぎると、余白がなさすぎて、教室の場に反応することができなくて、一方的に話すことになってし…
決してじっくり見ていたわけではないけれど、自分が演劇をやっているわけでもないのにわざわざ連日Zoom in Trainingを見ていたのはわりと珍しい部類に入る視聴者だったのではないかという気もするわけで、だからといってそれを自慢する気もなければ、ながら…
20200506@くものうえせかい演劇祭 70分ほどのドキュメンタリー映画『Utopia.doc』のなかでクリスティアヌ・ジャタヒーは「わたしたちは同じ夢をともに夢見ているのか」という問いをたえず投げかける。その問いに応えるように、移住と定住をめぐるオーラルヒ…
20200503@くものうえせかい演劇祭 100分近くにおよぶ宮城聰演出のソポクレス『アンティゴネ』の2017年アヴィンニョン演劇祭のときの公演映像が描き出すのは、徹頭徹尾、死者の物語にほかならない。なるほど、ソホクレスの登場人物たちは生者であるし、舞台…
20200503@ふじのくにせかい演劇祭 8分と少しのオマール・ポラスの映像は、記憶と回想の絵物語になっている。東日本大震災直後の演劇祭のために訪れてくれた静岡に捧げられオマージュであると同時に、出奔した祖国コロンビアへの想像的な帰還であり、自由の…
20200502@くものうえせかい演劇祭 戯曲と演出から演劇を鑑賞するということ、それは舞台を全体として捉える態度であり、そのなかで個々の俳優や小道具や背景はあくまでパーツにすぎず、全体との整合性や相乗効果においてのみ耳目を引くものでしかないところ…
20200428@くものうえせかい演劇祭 「状態をコントロールすること」がこのトレーニングの「秘中の秘」であると宮城は先日述べていたけれど、今日の説明を聞いていると、彼のいう「コントロール」は、わたしたちが普通考えるそれとは大きく違っているのだろと…
20200425@くものうえせかい演劇祭 15分近くにわたるワジディ・ムアワッドの朗読は、最初から最後まで、必ずやって来るはずのコロナウィルス後の世界のことをめぐる断章的省察であるにもかかわらず、そこにはつねに陰鬱な蔭がつきまとっている。 コロナウィル…
20200424@くものうえせかい演劇祭 宮城の言うところの「秘中の秘」、このトレーニングの先にあるものは、「ムーブメントではなく、状態をコントロールすること」にあるという。 (1)一方において、まず丹田に重心を集め、それを安定化させる。しかし他方に…
20200422@くものうえせかい演劇祭 バーチャル立ち稽古をなんだかんだで仕事のお供にしながら視聴しているのだけれど、見るほどに、個々の俳優にかなり特殊な演出力を要求するメディアだという思いが募る。 特殊な演出力と大げさに書いたけれど、平たく言えば…
20200418@くものうえせかい演劇祭 Zoom in Trainingはもう見ないだろうと言った手前、なんでまた見たのだと自らツッコミを入れたくなるところだが、激しい雨が降っていてとくにやることもなかったのでと答えるほかない。宮城による解説を初めて見たが、トレ…
翻訳語考。「連帯」のいかがわしい響き。「連帯」という単語になにか引っかかりを覚えていて、なぜなのだろうかと思っていたのだけれど、その理由のひとつは日常的な用法というか自分の記憶のなかにある実際の用法がきわめて抑圧的な響きを持っているからで…
岡田利規訳の能・狂言はもう猛烈に面白い。言葉の疾走感が違う。 「高密度に圧縮されてる能の言葉を現代ヴァージョンで解凍する、勢いとヴァイヴレーションで押し切る狂言の言葉の質を現代のそれに置換する。上演のためのテキストとして」とは岡田の言葉であ…
おまえがもっとも私淑する指揮者をひとり挙げてみろと問われたら、間髪入れず「ヘルマン・シェルヘン」と答える。 とはいえ、シェルヘンの録音すべてに傾倒しているわけではない。シェルヘンの録音はコンプリートに近いほど所持しているし、商業的に出回って…
20200412@バーチャル立ち稽古『おちょこの傘持つメアリー・ポピンズ』、くものうえ演劇祭 Zoomのスピーカー・ビュー・モードだと、はからずも、ふたりの対話が古典的ハリウッド映画の構図――対話相手の視点からの発話者の画が交互に入れ替わる――のはちょっと…
20200411@くものうえ演劇祭 Zoom in Trainingは見世物として面白いものでもないが――まあ、そもそも見世物として意識されているものではないから、それは当然ではあるのだけれど――たまに入る宮城さんの解説が面白い。 「できるだけ小さな球として体重を体の…
特任講師観察記断章。ひとつ講義サンプルを作って気をよくしたのか、ざっと2回目の講義スクリプトを書き出し、またその一部を録音してみたところ、やはり声はあまりにやる気なさそうで、あまりにもけだるげな朗読になったけれども、自分の英語の発音は、まあ…
特任講師観察記断章。丁寧に書き込んだ講義スクリプトを、やる気なさげに読んで録音したら、思った以上にやる気なさそうな声で撮れてしまった音声を、パワーポイントと合成してみるものの、何度聞いてもやはりものすごくやる気なさそうな声だ。自分の声を聞…
このNYTの記事によると、アメリカ疾病管理予防センター(the Center for Disease Control and Prevention)はマスク使用についてのガイドラインの修正を検討中らしい。非感染者がマスクによって感染を防ぐことはできないけれど、無症状の感染者が知らず知ら…