特任講師観察記断章。ひとつ講義サンプルを作って気をよくしたのか、ざっと2回目の講義スクリプトを書き出し、またその一部を録音してみたところ、やはり声はあまりにやる気なさそうで、あまりにもけだるげな朗読になったけれども、自分の英語の発音は、まあ、なかなかのものではないかと、ひとり悦に入ってみる。それにしても、このオンライン授業化は、自分のように同じ教科書を何コマも教えている身からすると、福音といえる部分もあるかもしれない。たしかに1授業のために丁寧にスクリプトを書くと、それだけで1授業と同じかそれ以上の時間がかかってしまうのだから、それを録音し、パワーポイント資料と合わせ、うまくできているか確認し、アップロードする手間を考えると、あきらかに手間オーバーになってしまうのだと思うけれど(これにさらに編集の手間が加わるようなことがあれば、時間はいくらあっても足りないだろうけれど)、今学期だと同じ教科書で6コマ(!)教える予定だった自分のような身からすると、自分を6回セルフリピートするかわりに、6回分を煮詰めて蒸留して加水したようなスクリプトを1回半分ぐらいの授業時間で書きおおせることができれば、最終的には、時間節約にもなるし、教壇に立って30人ほどの学生たちと対峙することからくる(無意識的な)精神的疲労からも免除されることになるわけで、いつも学期中は授業後に研究室に戻ってきてまず泥のように眠っていたことを思い出すと、スクリプトを作り込めるいまのほうが自分にとってはずっとずっと楽な状況なような気もするのだけれど、あまりうまくやりすぎると未来の自分の雇用を危うくするようなものなので――なぜならオンライン化の成功は人員削減の口実になりかねないというか、絶対になるだろうし、そうなったときまっさきに首を切られるのは、自分のような非テニュアの末端教員だからだ――うまくやりすぎないようにする必要があることは実際問題としてまったくよくわかっているというのに、生来の凝り性が顔を出し、意外に悪くないものを作ってしまう自分の器用貧乏さがなんとも憎たらしい。