うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

特任講師観察記断章。ひさしぶりの対面授業。

特任講師観察記断章。今日今学期最初の対面授業の教室に向かいながらふと最後に教壇に立ったのはいつだったかと思いそれが2月のこと、8ヵ月も前であることに気がついて愕然としたけれども、30人近い学生を前にしてややぞんざいな感じで英語でしゃべりだすと、思ったほどのブランクは感じないし、言葉はスルスル出てくる。「わたしはあなたたちのことをうまくrecognizeできないけれど、あなたたちはわたしのことを、すくなくともわたしの声はrecognizeできるのではないですか」という話を英語でして――というのも、先学期ずっと顔見せなしの音声だけの講義動画を作っていたから、今日の授業の学生はまちがいなくこちらの声を何度も聞いているはずだった――その話を日本語でも繰り返しながら、「わたしとあなたたちのあいだには非対称な関係がある」と口にしたとき、なぜか言葉が急に上滑りした感じがあった。「非対称な関係」という言葉が浮いてしまった。理由はよくわからない。自分の語彙にある言葉であるし、いかにも自分が言いそうな言い回しであるし、実際に口にするフレーズでもある。だというのに、今日はなぜか、非現実的な響きになってしまったし、学生もそれを感じたと思う。一瞬、教室の空気が薄くなり、不意に体の力が抜けてしまい、言葉が学生に届かず、虚空に拡散してしまった。とはいえ、多分に即興的な感じで進めた今日の授業は、見事なまでにぴったり90分でおわった。この勘はまだ鈍っていないらしい。それにしても、マスクでおおわれて目でわずかに表情をあらわすばかりの顔の群れに見つめられ、それを見つめ返すというのは、漠然と想像していたよりはるかにシュールな体験だった。