うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

軽蔑の高貴な術(フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』)

「すべてを軽蔑せよ。だがこの軽蔑によって窮屈にならないように。軽蔑によって他人に優るなどと信じるな。軽蔑の高貴な術のすべてはそこにある。」(フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』318頁)

殺しはするが、卑しめることはない(ルクリュ『新普遍地理学』9巻)

La plupart des tribus n'ont jamais eu d'esclaves: c'est un crime pour l'Afghan que de « vendre des hommes »; il les tue, mais ne les avilit pas. (Reclus. Nouvelle géographie universelle. vol. 9, 62) Few of the tribes have ever had any slav…

好意をつくりだす(ル=グウィン『ギフト 西のはての年代記I 』)

「母は人に対して警戒心をもつのが苦手だった。警戒心は母の性格にふさわしくないものだったからだ。母は好意のないところに好意を見ることによって、しばしば好意をつくりだしてきた。館の人々は喜んで母に仕え、母とともに働く。母に対しては、気難しい農…

20231201 アリックス・パレ『魔女絵の物語』(グラフィック社、2023)を読む。

魔女絵には、若き美女と、醜い老婆の、ふたつの系譜があるという指摘にまずハッとさせられるが、読み進むほどに、はたして両者を「魔女」というワードでくくることが妥当なのだろうかという気もしてくる。本書は西洋美術における魔女表象を、100頁ほどのコン…

20231123 「『ばらの騎士』サロン 制作部座談会」に行ってきた。

20231123@静岡芸術劇場「カフェシンデレラ」 「『ばらの騎士』サロン 制作部座談会」に行ってきた。「制作部」というのが、そもそも、いまひとつよくわからない。「文芸部」もわからないといえばわからないけれど、こちらはなんとなくながら、SPACの芸術的な…

20231122 スヴェン・リンドクヴィスト『「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」——『闇の奥』とヨーロッパの大量虐殺』(青土社、2023)を読む。

あなたはもう、じゅうぶん知っている。私も知っている。欠けているのは知識ではない。私たちに欠けているのは、知っていることを理解し、結論を導き出す勇気だ。(11頁) 旅行記とノンフィクションと文芸批評のフュージョン。1932年生まれのスウェーデン作家…

20231115 Duolingo でのロシア語学習が300日の大台に乗った。

Duolingo でのロシア語学習が300日の大台に乗ったけれど、このところ停滞気味。格変化のある言語を用例のみから帰納していくのはやはり難しい。というよりも、Duolingo のやり方だと、名詞の性(男性中性女性)がそもそもうまく認識できない。 と書きながら…

20231111 多田淳之介の演出についてのいくつかの覚書。

多田淳之介の演出についてのいくつかの覚書。 *多田の演出をあえて挑発的に「貧しい演劇」と呼んでみたい。演出が質的に貧困だというのではまったくない。そうではなく、圧倒的に不十分な量しか与えられていないリソースをいかにして最大限活用し、最大限の…

翻訳語考。日本語における一人称複数の不在?

翻訳語考。一人称複数。日本語の一人称単数はバリエーション豊かであり、表記もいろいろと選べる。しかし、一人称複数のほうはどうだろう。ひょっとして、日本語には、一人称単数の複数形——わたし+たち、われ+われ、ぼく+ら、などなど――ではない、固有の…

翻訳語考。人名表記。Romanes をどう転記するか。

人名は本当に困る。George Romanes(1848‐94)という進化生物学者がいる。ダーウィン(1809‐82)より40歳近く若い Romanes は、晩年期のダーウィンのリサーチ・アシスタントを務めたばかりか、未出版の原稿を託されるほど、ダーウィンから信頼されていた。ハ…

20231021 Duolingo でのロシア語学習275日、または Duolingo で本当に外国語は身に付くのかについて

Duolingo でロシア語学習を始めて275日になったけれど、身についているような、身についていないような。 作業ゲー的な反復作業なのだ。脊髄反射的に4択のなかから正解を選ぶような設計になっている。いや、こう言ったほうが正確だろうか。意識的に記憶する…

救助本能の誤射としてのフレンドリーファイアー(ハドスン『ラプラタの博物学者』)

「さて、知的行動をとる人間もそうだが、本能的に行動する動物が、ときどき彼らなりの妄想や錯覚にとらわれて、ものごとを見誤り、まちがった刺激によって自分たちに不利な行動に駆り立てられることは、よく知られた事実である。群れや家族のものたちが、仲…

動物絶滅を後押しする近代の帝国(ハドソン『ラ・プラタの博物学者』)

「すべての家畜動物は、われわれが暗黒の時代とか未開の時代と習慣的にみなしているこれらの遠い時代から伝えられたもので、いっぽう近代のいわゆる人間の文明が、動物社会に対しては破壊そのものでしかないとは悲しいことである。地球全体でますます盛んな…

20231016 「大大名(スーパースター)の名宝―永青文庫×静岡県美の狩野派展」@静岡県立美術館を観る

20231016@静岡県立美術館「大大名(スーパースター)の名宝―永青文庫×静岡県美の狩野派展」 知り合いが内覧会への招待券をくれたので、展覧会開始前日に見てきた。この手のオープニングセレモニーには初めて足を運んだけれど、来ているのはリタイア層がほとん…

20231015 「ブルターニュの光と風」@静岡市美術館を観る

20231015@静岡市美術館 「光」と「風」だけカラーで、妙に気合の入ったレタリングになっているし、目玉として謳われている画家のなかにモネやゴーギャンが入っているから、「なんだよ、またフランス印象派展か」と思っていたら、力点は「ブルターニュ」のほ…

20231014 ジュリアン・ロスマン文絵、神崎朗子訳『自然界の解剖図鑑』(大和書房、2023)を読む

「若い鳥たちは上手にさえずることを夢見ながら最初の冬を過ごす(実際、眠っているあいだに「練習」していることが研究でわかっている)。」(171頁) 原語タイトルは Nautre Anatomy で、「自然界」という訳語は本書のカバーするトピックにうまくマッチし…

20231007@静岡芸術劇場 多田淳之介 演出・台本『伊豆の踊子』

20231007@静岡芸術劇場多田淳之介 演出・台本『伊豆の踊子』 いやこれは、『伊豆の踊子』ではなく、『The Dancing Girl of Izu』と呼んだ方がしっくりくるのではないか。川端康成の原作を裏切っているからでも、英語化されているからでもない。ここでは、わ…

借用の拒否の研究(モース『国民論』)

「有用なものでさえ借用を拒絶されるということも、観察の対象としなくてはならないのです。借用が起こったことの研究と同じくらい、借用が起こらなかったことの研究は興味深い。それというのも、この研究によってこそ、多くの事例において各文明の広がりの…

普遍言語の可能性(モース『国民論』)

「文明どうしは相互に出会い、相互い補完することができる。少なくともわたしたちの近代語彙のほぼ三分の一は、そしてまた、わたしたちの会話の大きな部分は、同一の格言やら言い回しやらで満ちあふれている。純粋理性・実践理性・人間的判断力の獲得物にほ…

時の海を漂ってやってきた動物を滅ぼす人間(ハドソン『ラ・プラタの博物学者』)

「昔、これらの動物たちには生命力が最高に輝いていた。そして彼らとともに地球にいた他のものたちが死に絶えたときも、彼らはより永続する価値があるとして残された。不死の花のように、彼らは時の海に漂ってわれわれの時代にまでやってきた。そして彼らの…

自分自身を贈ること(エマソン「ギフト」)

「あなたの一部だけが贈物でありうる。わたしのために血を流してくれなければならない。だから詩人は自身の詩を携えてくる。羊飼いは羊を。農夫は穀物を。鉱夫は原石を。水夫は珊瑚や貝殻を。画家は自身の絵画を。少女は自分で縫ったハンカチを。これは正し…

贈物を拒否することの暴力性(モース『贈与論』)

「与えるのを拒むこと、招待し忘れることは、受け取るのを拒むことと同様に、戦いを宣するに等しいことである。それは、連盟関係と一体性を拒むことなのだ。[Refuser de donner, négliger d'inviter, comme refuser de prendre, équivaut à déclarer la guer…

立派すぎる論文(ダーウィンからベイツへの手紙)

「あなたの論文は、情熱を欠いた博物学者のおおかたから高く評価されるには、あまりにも立派すぎるのです。[Your paper is too good to be largely appreciated by the mob of naturalists without souls]」(ダーウィンからベイツへの手紙、1862年11月20日 …

20230915 糸で描く物語——刺繍と、絵と、ファッションと。@静岡県立美術館

20230915 糸で描く物語——刺繍と、絵と、ファッションと。@静岡県立美術館 焦点の定まらない展覧会というのが正直な感想。「糸で描く物語」というタイトルと、告知ビラやポスターから、刺繍やタペストリーによる具象的な作品なのかと思いきや、そういうわけ…

共食の倫理(阿部謹也『中世の星の下で』)

「仲間団体とは何よりもまず飲食を共にし共に歌う団体でなければならなかった。近代人は飲食をともすれば軽視しがちであるが、中世においては仲間団体である限りきまった日時に皆が揃って食べ、かつ飲んだのであり、そこにおける規律、約束が対人関係の倫理…

「旅は生命をかけた行為」(阿部謹也『中世の星の下で』)

「旅は本来定住生活のなかで澱んできた身辺を洗い直し、目に見えない絆で結ばれている人間と人間の関係を再確認するための修行なのであって、日本だけではなく、ヨーロッパにおいても旅は生命をかけた行為なのである。」(阿部謹也『中世の星の下で』14頁)

「美しい空虚な気持」(川端康成「伊豆の踊子」)

「私はどんなに親切にされても、それを大変自然に受け入れられるような美しい空虚な気持だった。」(川端康成「伊豆の踊子」)

20230911 村上春樹『街とその不確かな壁』を読む。

村上春樹には2系統の物語があるような気がする。一方に、ひじょうに幻想的な、現実とはかけ離れた空想と夢想の世界で展開される物語があり、他方に、物語としては依然として幻想的でありながら、物語世界自体はわたしたちの現実世界と地続きであるような物語…

20230831 ボトムアップ型の社会主義のために何が必要なのか。

一九世紀末と二〇世紀初頭は福祉国家の創世期であり、福祉国家の鍵となる制度は、まさに、その大部分が、国家とはまったく無縁の相互扶助集団によって創り出され、その後、国家や政党がそれらを徐々に取り込んでいったのだった。右翼も左翼も、大半の知識人…

翻訳語考。「意図的」であることと「誤訳」であることの差。

日本政府の「意図的な誤訳」とまで言い切っていいのだろうか。「意図的」というのには同意する。しかし「誤訳」とまで言えるのかどうか。 原文は「We support the IAEA’s independent review to ensure that the discharge of Advanced Liquid Processing Sy…