うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

20251213「淡座第八回本公演 バッハの場 ゴルトベルクの旅、ふたたび」@安養院瑠璃光堂を聴く。

ヴァイオリン、チェロ、三味線のトリオに、尺八を加えたカルテットでバッハの『ゴルトベルク変奏曲』をやるとどうなるのか、そしてそれをクラシック音楽にはおよそ似つかわしくはない寺でやるとどうなるのかという、純粋というには夾雑物の多い好奇心から足を運んだけれど、そもそもこの演奏会のことを知ったのは、高橋アキのコンサートでもらったビラだった。

awaiza.com

高橋のコンサートでも演奏された現代作曲家の桑原ゆうによる編曲は、きわめて楽譜に忠実で、たとえばハンス・ツェンダーが試みたような古典の再創造ではない。基本的には、バッハの譜面を各楽器に振り分ける以上の操作はしていないようだ。

しかしながら、プレトークのなかで桑原が述べていたように、バッハ(1685‐1750)は「江戸時代の作曲家」——という不意打ちの語り口に虚を突かれる——だからこそ、江戸情緒を絡めた和の編成は、特異ではあるものの、突飛ではないようにも感じられる。たしかに三味線はリュートのように、尺八はトラヴェルソのようにも聞こえる。見た目こそ和風であるものの、音それ自体は思っていた以上に西洋的。

しかし、聞き進めるほどに、三味線は三味線であり、尺八は尺八にほかならないこともわかってくる。三味線のグリッサンド的に音程を上から下から当てる左手、西洋音楽的にはノイズに該当するであろう擦れたり弾けたりする音を表現として用いる撥の右手。尺八のロングトーンで歌口のうえで顔を左右に揺するようにしてヴィブラートを作り出す唇。それはある意味、モダン楽器というよりも、ピリオド楽器に共通するのかもしれない、演奏する身体の生々しさがある。

だからこそ、幾何学的に細かく動き回る変奏よりも、ト短調のエレジー的な旋律のほうが、編成とフィットしているように感じるし、ヴァイオリンにしてもチェロにしても、うまくはまっているように聞こえる。というよりも、尺八や三味線という楽器は、その構造上、西洋音階を高速で動き回るようには出来ていないのかもしれないという気もするところ。

この編曲/演奏の核となるのは三味線なのだろう。たしかに、音数という意味では決して多くないし—―その意味ではヴァイオリンやチェロのほうがはるかに支配的――、全編にわたって旋律を担うわけでもない(それは尺八が引き受けている)。三味線の役割はむしろ控え目であり、合いの手を入れたり、フレーズの橋渡し役であったりと、ある意味では伝統的な弦楽三重奏のヴィオラ的なポジション。しかし、ヴィオラが高音のヴァイオリンと低音のチェロの中間を音域的に埋めているとすると、撥弦楽器の三味線は、音域でも音色でもなく、音楽構造のレベルでの「あいだ」をつなぐ存在。

だからこそ、30の変奏を経由して、主題となるアリアが最後に回帰するとき、それが三味線によって奏でられるばかりか、人声によって唄われるのは、たとえバッハからの逸脱であるとしても、この編曲の必然的な帰結のように思われるし、どこかカウンターテナーのように聞こえる歌声は、日本的(江戸的?)でありながら、きわめてバロック的。和魂洋才なバッハ。

 

なぜ曼荼羅が掛かっているのだろうと不思議に思ったけれど、安養院は真言宗、つまり密教の寺だった。詰めれば50‐60席ぐらいは作れそうな大部屋には、三体の仏像がある。しかし、その前の舞台上のスペースにはグランドピアノがあり、天井には可動式のプロジェクターのスクリーンが取りつけられており、何とも不思議な混淆空間。

 

大学・大学院時代は井の頭沿線に住み、吉祥寺に買い物に行っていた身からすると、池袋圏はまったく未知の領域だったけれど、東武東上線上板橋駅はほどよくローカルで、商店街がまだどうにか生き延びているようだ。地方出身者としては、東京といえば都市という固定観念がいまだに根強くあるけれど、これもまた「東京」のひとつの側面であることをあらためて意識させられた。