翻訳語考。英語では何かを列挙するとき、最後の項目のまえに and や or を置くのが慣習化している。A, B, and C のように。むかし、たしかマーク・ピーターセンの『日本人の英語』で、and を入れないと、「それ以外にもまだ候補はある(もうここまでにするけれど)」というニュアンスになるというようなことを読んだ記憶がある。それはさておき、列挙のさいに用いられる and は、「意味」のためというよりも、「標識」のためだろう。列挙が終わるひとつ前に出すサイン。
だとすればこのサインを日本語として訳出すべきなのか。私見では、わりと翻訳されている印象がある。小説はどうかわからないけれど、研究書や思想書ではわりあいと。
たしかに、英語(や西洋語)における列挙の仕方の慣習を知っている読者からすると、「A、B、そしてC」としてくれたほうが助かる部分はある。「そして」を見た瞬間に、「ああ、列挙はここまでなのだな」とわかるからだ。しかし、日本語の流れでいえば、「そして」は余計であるようにも感じる。
というよりも、日本語としては、すべてを「と」でつないだほうが流れがいいような気もする。たとえば、「水、ノート、そして、筆記用具」というより、「水とノートと筆記用具」としたほうが、句読点という隙間がない分、読みやすいのではないか。ただ、列挙することの意義が、列挙されるもの同士をはっきりと区別することにあるとしたら、読点で視覚的な空白を取ったほうが効果的ということにもなる。
もう一点。「と」にするか「や」にするか。both A and B という表現が明白に示すように、選択肢をすべて含みこむ場合は「と」にすべきではある(ただ、「も」を使って「AもBも」とする手もある)。しかし、そうではない場合、たとえば、数多くあるものの一部というかたちで提示している場合——fruit, like apples and oranges——は「や」のほうがいい(事実、この例文はリーダーズから引いているけれど、これに付された訳は「リンゴやオレンジなどの果物」になっている)。とはいえ、どちらで読んでも支障がなさそうな箇所もある。そうなってくると、翻訳者の選択が必要になってくる。