翻訳語考。inequalityは「格差」でいいのだろうか。そこそこ妥当な訳語ではある。「不平等」より耳なじみもいいだろう。しかし、「格差」は、彼我の相対的な差を記述するための言葉にすぎないようにも思う。目指すべき方向性やあるべき状態についての理念は、「格差」という言葉に内包されてはいない。inequalityという言葉を使うとき、equalityが理想としてつねに前提されているわけではないだろう。しかし、否定の接頭辞には、否定されるべきものを、否定された後の前にあったものをリマインドさせる潜在的効果が備わっている。字義的な意味とは別の可能性が含まれており、言葉自体が緊張状態にあり、意味のせめぎ合いがある。その線で考えていくと、「格差」という訳語の問題は、「格差」の対義語が直感的に浮かんでこないこと、言葉としてあまりに静的であることかもしれない。