エネスクのバッハの無伴奏の初出レコードは本当に異常に高価なコレクターズ・アイテムだと言うが、幸いなことに今はいくつも優れた復刻CDがあって安価で手に入るのだけれど、現代の聴者からするとまずなにより面食らうのは、外していると感じられるほど独特な音程感覚だ。ソナタの1番の冒頭の和音の下の音のGからFに1音下がるところからしてすでに調子外れに聞こえてしまう。
全体的にすべてが下がかりで、マイナーでブルースな雰囲気がある。高齢による技術的の衰えもあっただろう。1948年の録音のとき、1881年生まれのエネスクはすでに70近かった。録音環境や録音条件も良かったとはいいがたいはずだ。しかし、1920年代という壮年期のSP録音にしても、1930年代に教え子のメニューインと共演したバッハの二重協奏曲にしても、同じような音の取り方をしている。
そしてパリで学んだルーマニアの作曲家エネスクのバイオリン・ソナタ3番は、平均律には収まらない音がふんだんに用いられている。エネスクは、バルトークやコダーイといったハンガリーの同世代の作曲家たちと同じく、民謡という土着的素材を、モダニズム的な技法で調理しているし、西欧中心主義から離れ、ポストコロニアル的な視座にシフトすれば、民謡自体がつねにすでにモダンであり、西欧的な枠組み=牢獄を内破し解体するものであったとも言える。
四分音、非対称的な旋律、不規則なリズムといったものは、民謡にすでに体現されていた。それは純正律という整数比からなる音波の澄み切った響きからすれば、濁った不透明な響きかもしれないが、前者を理想や基準とする考え方それ自体が、西欧中心主義に絡めとられた聞き方にほかならない。
バッハを敬愛し、カンタータをすべて暗記していたという逸話を聞くと、エネスクがどこまで自覚的に西ヨーロッパ的な美学に批判的であったのかとも思うのだけれど、彼のバイオリンの音の柔らかな艶めかしさの手ざわりは、パリの友人でもあったティボーの奏でる緩くノーブルな甘さとは、似て非なるものであるようにも思う。
エネスクのバッハの素晴らしさは器楽的なところとは別のところにあるだろう(とはいえ、彼のトリルの打ち込みの電撃的な速さと鋭さはいつ聞いてもはっとさせられる)。ひとつひとつの音でもなく、重音でもなく、音の流れが素晴らしいのだ。対位法の声部がまるで人の声で歌われているかのようだ。ポジション移動や弓使いを感じさせない。4つの弦ではなく1本の弦を弾いているかのようだ。
アルトの音色でひとりですべての音域を歌っているかのようだ。しかし、オペラ歌手の訓練され洗練された滑らかな声ではない。訓練のための訓練ではなく、実践のなかで練り上げられていった声という雰囲気が残っている。
それはいわば、極限まで突き詰められた独自のスタイルであり、模倣不可能なユニークなものだろう。エネスクのユニークさのいくらかはメニューインに引き継がれているけれども、メニューインの教え子にはもはや引き継がれていないように思う。
エネスクのバッハは、地上的な音で、天上的な世界に到達しようという試みなのだろう。奏者はひたすら音楽に埋没していく。技術的なことはすべて置き去りにされ、音楽だけが純粋に浮かび上がり、上に昇っていく。
ただ、そのような特異な世界に聴者が入りこむには、相当な慣れが必要になることは間違いないと思う。それぐらいエネスクのバッハを聞きこんできた。