うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

アメリカ観察記断章。経済階級による縦割りのアメリカ、趣味による横割りの日本。

アメリカ観察記断章。アメリカで個は集団(的価値)に従属することを必ずしも要求されない。各々が好きなものを好きなように追求する余地が確保されているように思うし、他人と違うことをすることが体感できるかたちで報われる。たとえば自分のようにつねにスカーフを首に巻くというまずアメリカの男がしないような格好をしていると、いろいろなところで、「そのスカーフいいね」というコンプリメントを受け取ることができる。自分の装いはカリフォルニアという環境では明らかにレアケースなのだけれど、それが「それいいね」というかたちで積極的に評価してもらえるのだ。このあたり、何かにつけて異分子を排除して右に倣えになりがちな日本とは大きく違う。しかしながら、アメリカに大きな規範が全然ないわけではない。それはあまりに広く行き渡りすぎて逆に見えにくいが、すべての人が従わずにはいられないものがたしかに存在している。たとえば歯科矯正。正直、なぜここまで歯並びだとか歯の白さにこだわるのかと首を傾げたくなるが、高等教育に進めるレベルの家庭の子弟はほぼ間違いなく矯正を経ている。アメリカにおける規範は日本のそれよりずっと枠が大きく抽象的だが、それは日本のものに劣らず抑圧的で厄介なものであるように思われる。そしておそらく、アメリカの規範は、日本のように趣味の問題ではなくて金の問題であるようにも思う。経済階級によって縦割り的に居られる場所が定められているアメリカと、趣味によって水平的に階級を越えることができる日本。どちらが理想的だろうか。