「しかし、ときどき、ふとしたはずみで思考がそれまで気づかなかったその出来事の記憶に出会い、ぶつかったはずみにその記憶をさらに奥に追いやることがあり、スワンは心の奥底に届く深い苦悩を突然のように感じた。スワンがどんなに考えても一向に弱まらない点で言えば、それは肉体的苦痛に似ていた。ただ、少なくとも肉体的苦痛であれば、思考からは独立しているから、思考がそこに足を留め、痛みが減ったか、一時的にでも止まったかを確かめることはできただろう。だが、この苦悩は、それを思考が思いだすだけで蘇ってくる。苦悩のことを考えたくない、というのは、苦悩についていまだ考え、依然としてそれに苦しむことにひとしい。友人たちと談笑しているとき、彼は痛みを忘れている。ところが、誰かがふと口にした言葉で──怪我をした者が、不注意な人間に無神経に患部を触られたときのように──スワンの顔色が変わる。」(プルースト、高遠弘美訳『スワン家のほうへ』)