うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

純粋に内的な状態(プルースト、高遠弘美訳『スワン家のほうへI』)

「架空の、という新たな範疇に入る人物たちの行動や情動がほんとうのものに見えたとして、いったい何が問題だというのだろう──小説のなかの彼らの行動や情動はすでに私たちのものでもあるのだし、そして、そうした行動や情動が生まれるのも、また、それらが、無我夢中でページを繰る私たちを支配下に置いて、息遣いを早くさせたりページに注ぐ視線に勢いを与えたりするのも私たちの内面でのことなのだから。純粋に内的な状態というのはすべてそうなのだが、あらゆる情動が十倍になり、読んでいる本が夢のように、それも睡眠中に見る夢よりもはっきりした夢、その記憶がさらに長続きする夢のかたちをとって私たちの心をかき乱す、そんな状態に小説家によってひとたび投げ込まれると、私たちのなかには、ほんの一時間くらいのうちに、ありとあらゆる幸福や不幸が一気に解き放たれる。実人生であれば、そのうちのいくつかを知るだけでも何年もの時間が必要だろうし、最も強烈な幸福や不幸などは、あまりにゆっくり形成されるために私たちには知覚することすらできず、結局明かされぬままで終わるしかないだろう(かように私たちの心は実人生にあっては変化する。それはこれ以上ないほどの苦しみである。ただ、そうした苦しみを私たちが経験するのは読書の時間に想像力を通してでしかない。現実にはたしかに心は変わってゆくけれど、それはある種の自然現象がそうであるように、きわめてゆっくりとした変化なので、変化したさまざまな状態をあとから確認することはできるとしても、変化の感覚そのものは私たちにはない)。」(プルースト高遠弘美訳『スワン家のほうへI』)