うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

現代化されたオールディー:政治に翻弄されるトゥガン・ソヒエフ

スマートでスタイリッシュになってしまったグローバルな現代のオーケストラから、こんなにも濃厚な音を引き出せる指揮者がいまだに存在しているとは思わなかった。弦楽器の音が生々しい。倍音よりも実音が鳴り響いているかのよう。蒸留された上澄みだけではなく、ノイズも含めた雑味まで、すべてを余すところなく取り込んだ清濁混淆の豊饒さ。にもかかわらず、全体の造形はまったく端正。主旋律の歌わせ方はほとんどブルース的と言いたくなるほどの「泣き」の表情なのに、それを支える伴奏パートは別の生き物のように軽快に弾み、正確なリズムを刻んでいく。両者をつなぐ中間の対旋律もまた、独自の生命力にあふれ、しっかりとした厚みがあり、歌に充ちている。どこをっても愉しい音楽。

しかしトゥガン・ソヒエフが指揮台の上で何か特別なことをやっているようには見えない。指揮法に特異なところはない。それどころか、この圧倒的な音の密度と濃度に似つかわしくないほどに丁寧な職人技。振りすぎない指揮だ。パートの入りにたいする的確なキュー。聴衆を魅惑するためではなく、奏者とコミュニケートするための、自身の意図を伝えるための、身ぶりと表情。

それはもしかすると、彼がサンクトペテルブルク音楽院の名教授イリヤ・ムーシンから学んだやり方なのかもしれない。だとすれば、ソヒエフの作り出す音の肌理や手ざわりが、彼と同じ先生に学んだビシュコフとどこか似ているのも納得である。しかしビシュコフがまだどこか20世紀的な伝統に根ざしていたとしたら、ソヒエフはずっと21世紀的な新しい潮流を我が物にしている。構造の立体的な明晰さ、リズムの硬質な正確さ、ミクロな細部の生き生きとした運動性、旋律を前面に押し出しつつもリズムの刻みや対旋律を脇役扱いしない民主性がある。

だから、第一印象こそ、往年の巨匠を思わせるノスタルジックな音というものかもしれないけれど、しっかりと聞いてみると、実はそれだけではない、現代的なセンスが全体に行き渡っていることに気づくはずである。聞きなれた曲が驚くほど新しく聞こえるはずである。通俗的な小品であれ、王道的な大曲であれ、まったく普通のことをやっているだけなのに、まるで初めて聞くような驚きがある*1

1977年生まれのソヒエフはたしかにロシア出身ではあり、ロシア音楽の熱心な支持者であるようだけれど、果たして彼をロシアの指揮者と呼んでいいのだろうかという気もする。たしかに彼はサンクトペテルブルク音楽院で学び、2014年からモスクワのボリショイ歌劇場の音楽監督を務めてはいた。

しかし彼の故郷は、ロシア連邦の一部である北オセチア共和国の首都ウラジカフカス。南の国境にはジョージアがある。Wikipediaによれば、イラン系民族であるオセット人が過半数を占め、宗教は正教会が多数派だが、イスラム教徒も15%ほどいるとのこと。ソヒエフが10代半ばのころソ連は崩壊し、この地帯は領土をめぐる武力衝突に陥っている。チェチェン紛争はすぐそばのことである。

ということを調べていたら、実は二回り以上年上のヴァレリーゲルギエフ(1953年生まれ)が同郷人で、同じ先生に学んだ先輩であることがわかった。Al Jazeeraの記事によれば、ソヒエフはゲルギエフの「秘蔵っ子 protege」と見なされているらしい。

しかし、プーチンと個人的に親しいというゲルギエフが2022年2月末に始まったロシアによるウクライナ侵略にたいして沈黙を保ち、その結果、西側の世界から関係を断たれることになったのとは対照的に、ソヒエフは彼が音楽監督を務めていたモスクワのボリショイ劇場とフランスのトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団音楽監督の両方を同時に辞任するという声明を2022年3月初頭に出している。

フランスとロシアで引き裂かれながら、どちらをも選ばないというソヒエフの決断が本当のところ何を意味するのかは、よくわからない。しかし、音楽家が人々や国々をひとつにするために使われていないばかりか、内部で分断され、排斥されていることを憂慮する彼の言葉は真摯なものだと信じたい気にもさせられる。

「わたしたち音楽家は平和の大使なのです。[We musicians are the ambassadors of peace.]」

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*1:たとえば

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