うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

アメリカ観察記断章。TVディナーという冷凍食品。

アメリカ観察記断章。TVディナーという冷凍食品がある。近所のスーパーで安売りしてみたの買ってみた。すでに割引されているのに、5個買うとさらに5ドル引きだ。こうして最終的な小売価格はひとつ1.99ドルである。B5くらいのサイズのトレイは3つにわかれていた。全体の2分の1のスペースにメインディッシュとなる肉料理(たとえばミートローフがふた切れ)とマッシュポテトがあり、4分の1にミックスベジタブル、残りの4分の1にデザートのブラウニーが入っている。

味はそれなり。特別美味しいわけではないが、ものすごくまずいわけでもない。思ったよりはずっとまともで、あまりジャンクな感じはしなかった。これと似たような献立の惣菜はスーパーでも売っていて、何度か試してみたことがあるけれど、味は大差ない。量は意外と控えめで、これひとつでは満腹にならない。ただブラウニー(チョコケーキのようなもの)がアメリカのスイーツの常としてかなり甘いので、全体としてそれなりの満足感がある。

食べながら何かに似ているとずっと引っかかっていたのだが、食べ終わってトレイを水で軽く洗いながらやっと機内食っぽいのだというところに気づいた。ソースの味付けの傾向だとか、献立のバランスだとか、トレイ表面に貼られた透明なシートだとか、黒いプラスチックのトレイだとか、機内食と非常によく似ている。本格的に調理された食事とは比べられないジャンルの食物という意味で、両者は似ているような気はする。いや、最近の機内食は本格志向なのかもしれないが、TVディナーはそういう「本物の味」のようなものを目指していないような気がする。

TVディナーの売りは、これひとつで1食まかなえるところなのだとは思う。しかし調理は意外と面倒だし、意外と時間がかかる。アメリカの冷凍食品は電子レンジとオーブンのどちらでも調理できるようになっているのだが、オーブンだと40分(余熱も入れれば50分くらいか)、電子レンジだと8分くらいかかる。両方トライしてみたが、オーブンのほうが圧倒的に美味しく仕上がった。どちらせよ、トレイに貼ってあるフィルムを途中まで剥がすとか、ポテトやベジタブルの上の部分に切り込みを入れるとかのひと手間がある。オーブンなら40分放りっぱなしでいいが、電子レンジの場合、4分半やってブラウニーを取り出し、3分半やってさらに1,2分放っておかなければいけない。日本で一人暮らしをしていたときほとんど冷凍食品を買ったことがなかったので、あまりちゃんとした比較はできないのだが、日本の冷凍食品はとにかくお手軽さを追求しているように思う。調理は簡単でなければならないし、時間がかかりすぎてはいけない。日本の冷凍食品は「出来合い」のものであり、手を加えるものではない。その一方でアメリカの冷凍食品は「未完成品」で、素材と完成品の中間のようなものという感じがする。アメリカの中華で大人気のオレンジチキン(鶏の唐揚に柑橘系の酸味が加わった甘辛いタレを絡めたもの)の冷食の場合、唐揚げをオーブンで温め(これも意外と時間がかかる)、そのあいだにタレを解凍して鍋で温め、最後に唐揚げを絡めるという手間がある。要するに、日本とアメリカの料理哲学の違いなのだろう。日本では駄菓子のように意図的にチープな味わいを目指すものを除けば、ファーストフードも菓子もコンビニの惣菜も本格派を志向するようなところがある。アメリカの冷食にはそういう「本物」意識が希薄である、ないしは存在しないように感じる。アメリカの冷食は代替(本物の代わり=偽物)というよりは、まさに「そういうもの」であり、独自のジャンルなのだ。だからここにはオリジナルに近づこうという意志や強迫観念が不在であるように思う。