うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

アメリカ観察記断章。握手の文化。

アメリカ観察記断章。握手の文化。昨日、オフィスアワーの最中に学生がひとりやってきた。10分ほど対話。部屋を去る前に学生が握手を求めてきて「おやっ」と思った。日本的文脈だと握手はかなり特別な所作だろう。握手は有名人などとするもので、友達同士とか仕事相手とするものではないように思う。しかしアメリカだと意外なほど日常的な行為である。出会い頭に握手を交わすこともあれば、別れ際のこともある。もちろん言葉だけのやりとりですませる人のほうが圧倒的に多い。握手やハグを求めたり好んだりする人はむしろ少数派だし、これは関係の近さ遠さによって決まるところが大きい。しかし、握手を求めることが特殊かと言うと、そんなことはまるでない。手を差し出すことは親睦を深めたいという気持ちや感謝の気持ち、親愛の念の現れであり、ここにはあっけらかんとしたすがすがしさがある。まあ、何が言いたいかと言うと、女子学生から「質問に答えてくれてありがとうございました。曖昧だったところがはっきりしました」という言葉とともに手を差し出されて、「ああそうか、そういうのがアメリカ流なんだな」と今さらながらに思ったということです。頭にスカーフをしているインド系(だろうか?)の子だったので、よけいに「おやっ」と思ったというほうが真実に近いかもしれないけれど。