うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

純然たる日本人?(三島由紀夫『天人五衰』)

「一寸ばかり育ちがいいといふ印象を与えるだけで、社会的信用は格段に増すし、日本で『育ちがいい』といふことは、つまり西洋風な生活を体で知つてゐるといふだけのことなんだからね。純然たる日本人といふのは、下層階級か危険人物かどちらかなのだ。これからの日本では、そのどちらも少なくなるだらう。日本といふ純粋な毒は薄まつて、世界中のどこの国の人の口にも合ふ嗜好品になつたのだ」(三島由紀夫天人五衰』490頁)

"Evidence of good breeding gives a person status, and by good breeding in Japan we mean a familiarity with the Western way of doing things. We find the pure Japanese only in the slums and in the underworld, and may expect them to be more and more narrowly circumscribed as time goes by. The poison known as the pure Japanese is thinning, changing to a potion acceptable to everyone." (Yukio Mishima. The Decay of the Angel: The Sea of Fertility, 4. 110)

 

この巻の英訳者はサイデンステッカーなのだが、だからこそ、ここの稚拙さというか拙速さが気になる。大意は間違ってないが、ニュアンスはかなりずれている。たとえば「体で知っている」はまったく反映されていないし、「危険人物」をunderworldとするのは小説の文脈を考えるなら(第二巻の勲のような盲信的攘夷主義者)意味が狭すぎる。そして最後のセンテンス、「純粋な」はどう考えても「毒」にかかるのに、訳者はこれを「日本」にかけている。さらにいえば、この英文では、大正から昭和まで生き抜いた老人が現代を皮肉っているというニュアンスが伝わらないように思う。英訳を全部検討したわけではないのでここがとびぬけてよくないのか他のところも似たりよったりな出来なのか判断できないが、日本の近現代文学の英訳のクオリティはきちんと検証してみる価値があると思う(まあそんなことはとっくに誰かがやっているだろうけれど)。