うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

アメリカ観察記断章。ユニオン。

アメリカ観察記断章。秋学期がやっとスタートした。今年度はなぜか例年より一週間ほど始まりが遅く、すでに10月になっている。それに合わせて今週の火曜にCompositionのスタッフミーティングがあり、それに参加する。朝9時開始、昼食休憩を挟み、3時半まで続く。この手のスタッフトレーニングの終わりにはUnionによるセッションも組まれている。Unionは「労働組合」と訳すべきかもしれないが、それだとどうもしっくりこないので、カタカナで「ユニオン」としておく。ユニオンは大学当局との労働雇用契約の折衝を受け持ち、賃金アップだとか雇用内容の改善(週何時間労働か、仕事量は適切か)、労働環境の向上(ハラスメント対応、差別の撤廃)にむけて、日夜努力している。しかしこのセッションは強制ではないので、大抵の大学院生TAは参加しない。TAは数十人いるはずだが、部屋に来たのはほんの十数人で、そのうちの4、5人は、これが任意参加であることを聞くやいなや、そそくさと席を立って部屋を出て行ってしまう。アメリカの州立大学院におけるユニオンの浸透度というのは、つまるところ、この程度のものなのかもしれない。しかし裏を返せば、深くコミットする人々が少数ながらつねに存在しているとも言える。自分の見る限り、事態は完璧に二分化しているようだ。一方に熱心なユニオンメンバーがいて、他方に無関心層がいる。中間層はほぼいない。ユニオンはコミットするかしないかで、個々人の政治意識の深さとは必ずしも相関関係がないのかもしれない。かなり政治的な研究をしていてもユニオンに特別な関心を示さない同僚を何人も知っている。ユニオンはおそらく、たんなる政治的意思の体現ではなく、カルチャーであり、ライフスタイルなのだろう。だからその政治的内容には共感しつつ、あきらかな距離をとるという選択肢がありえるのだと思う。ユニオンメンバーはいくつかのステレオタイプに落としこめるようにも思う。服装から髪型、立ち居振る舞いから話し方まで、ある種の共通項がある。たとえば男の場合、髭面が多く、無造作に長いアゴヒゲか、きれいに刈り込まれた口髭をたくわえている。体型はやや小太り気味か、さもなくば痩せすぎな感じのどちらかになる。女の場合、いわゆる女性らしさをあえて踏襲しない路線を選んでいるかのようだ。たとえばショートヘアであり、甲高くない声であり、武骨な感じの装いである。おそらく、意図的に、ワーカーよりのスタイルを選んでいるのだろう。ユニオンメンバーはそれゆえ、ある意味、非常に可視的で「目につく」存在でもある。彼女ら彼らは明確なサインを発しており、細部が読める人間には、誰がユニオンメンバーなのか直感的にわかるようなところがあるのかもしれない。