ケベックシティ2日目午前中。ここのノートルダム教会の創設者は17世紀の人物で、大西洋を7度横断し、この地に教会や神学校を建立するために尽力した人物だそうだ。建物自体は20世紀初頭のものだという。豪華ではあるが、どこか作り物めいた感じがあるのは、中途半端に新しい雰囲気があるせいで、セットのように感じられてしまうのに、宗教画は古めかしい感じになっているからだろうか。
と書きながら、自分にとって宗教は過去に属するものであるがゆえに、そこに近代的な美学が混入すると、アナクロニックに感じてしまっているのかもしれない、ということに気づいた。
(しかし、全く同じことを新たに建てられた伝統的寺院に感じるかというと、そうではなさそうな気もするし、現代的なギミックを取り入れた寺社仏閣にたいしても違和感は覚えなさそうではある。この差はどこに由来するものだろうか?)
シタデルはフランス人が築いた要塞をイギリスが接収し、現在は22連隊の駐在所となっている。ケベックシティのなかでもっとも高い位置にある。ツアーガイドでないと中は見られない。
ガイドの説明を聞き、博物館の展示を見ながら、いろいろと考えたこと。
・カナダはまず「Nouvelle-France」であった
・イギリスがカナダに侵攻してイギリスのものとなった
・それからわりと間を置かず、アメリカ独立戦争が起こった
・そのせいでカナダはアメリカから攻撃されている
・ところで、アメリカ独立戦争に影響を与えたのはフランス啓蒙思想だとすれば、この状況はなかなか皮肉ではないか
・第一次大戦のとき、イギリスの統治下にあったカナダには参戦する以外の選択肢はなかったが、ケベック州の志願兵が相対的に少かったせいで、フランス系カナダ人(出自というよりも、フランス語話者であることによって定義される層)にたいする世間の風当たりがきつくなった
・参戦に乗り気だったのはイギリス系カナダ人であり、フランス系カナダ人はそうでなかったそうだが、それは、後者にとって、フランスは遠い過去の
・それに反発するように、フランス系カナダ人の志願兵がフランス語をメインとする連隊の創設を訴え、その結果、22連隊が発足する(この流れは、第二次大戦下における日系アメリカ人の苦境を想起させる)
・22連隊がシタデルを駐在所とするようになる
・現在も活動中で、古くは朝鮮戦争、近年ではアフガニスタン戦争に派遣されていた
それにしても、朝、「カナダ風」の朝食セットを頼んだところ、出てきたのは、イギリスでよく見る朝食のラインナップだったのが、ちょっと解せないところでもある。