うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

看板に偽りありのようでない、けれどもやはりなんとなく羊頭狗肉的:「THE HEROES 刀剣×浮世絵-武者たちの物語」

20220815@静岡市美術館

「刀剣✕浮世絵」と謳うにはずいぶん刀剣が少ないじゃないかと思いきや、最後のセクションにまとまって展示されていて、8割近くの展示を埋める戦記物のシーンを図像化した江戸中期から後期にかけての錦絵とのバランスはギリギリ取れていて、看板に偽りはない、ないけれど、それだったら「浮世絵✕刀剣じゃないの?」と思った、正直なところ。  

heroes.exhn.jp


「武者たちの物語」が副題のように小さめに印字されており、それよりさらに小さいフォントで、ほとんど読まれることを期待されていないかのように、文字情報というより罫線代わりとでも言わんばかりの小さいフォントで「Chronicles of the Warriors: Japanese Swords × Ukiyo-e from the Museum of Fine Arts, Boston」と入っている。直訳すれば「戦士たちの年代記ーーボストン美術館所蔵の日本の刀剣✕浮世絵」。  

年代記がこの展覧会の背骨を成している。浮世絵は『源平盛衰記』や『平家物語』などの軍記物のワンシーンの挿絵のようなものであるようだ。  

しかし、ここにひねりがある。ボストン美術館の日本コレクションの礎を築いたのは19世後半から20世紀初頭を生きた裕福な医師たちふたり。もしかするとこの展覧会に出品されていたのがたまたまそうだったのかもしれないが、だいたい1700年代以降のもの。つまり、彼らが購入した時点で、古くても150年程度、200年まではいかないぐらい。  こう言ってみてもいい。ここで表象されている「武者」は江戸期の代物であり、必然的に、江戸期の美意識や表現技法が入り込んでいるのではないか、と。

 雑な観察と感想ではあるけれど、戦記のワンシーンは、今にも動き出しそうな迫真性を備えているというよりも(そういうものもないではなかったけれど)、まるで歌舞伎の見得のような、見せ場として意図的に作り出された静止画を思わせた。なんというか、ひじょうに演劇的な空間構成なのだ。画の一点に視線を集めようとするそのやり方にしても、幾何学的なシンメトリ(動的なものの停止としての構図、動的なものを静的に永遠化したもの)ではなく、動的なものをすでに十全なかたちで内包していながら、姿勢としては完全に静的であるような、一枚絵として自己完結しているような、静かなダイナミズム。動いている静止画(しかし、アニメーションに憧れてはいない)。  

未来形(これから際の動きが示唆されている)のではなく、現在完了形(これまでの動きの質量で充満している)とでも言おうか。

それから、柄物に柄物を合わせる感性は、現代的なミニマリズムからすると騒々しいようにも感じるけれど、完全に悪趣味という感じもしないのは、面白い。

画像表象として興味深いと思ったのは、着物の柄をどう描くかという点。着物や武具を人体がまとい、その人体が動いていれば、布には襞が寄る。平面的な布が立体的になる。だから、柄物をリアルに描くのは難しいと思うのだけれど、いくつかの錦絵の描写はリアリズムではない。平面的に柄を描いたうえに、描線で立体感を付けている。だから、よく見ると描線をまたいで柄が連続していて、リアリズム的にはおかしいのだけれど、ぱっと見にはまったく気にならない。この技法がどこまで一般的なものなのかはわからないけれど、何人かの絵師にこの技法を見て取ることが出来たので、ある程度は確立された技法だったのではないだろうか。

 

この図録は買いだなと思ったけれど、駅ビルに出張出店しているIKEAでわりと重たくかさばるものを買ってしまっていたので、また今度買いに来ようと思う。

 

それにしても、この展覧会の広告戦略はいかがなものかと思わないでもない。おそらくは、刀剣乱舞の文脈で売ろうとしているのではないかと邪推する。武将をキャラとしてしっかりキャプションをつけて説明しているのは、そのあたりの層にたいする配慮なのではないかと。

しかし、たとえそうだとしても、あからさまなコラボになっていないところに、キュレーターなのか主催者なのか、なにかしらの良心を感じた。

それから、キャプションの細やかさは特筆しておきたい。学術的なもの、4コマ漫画仕立てのもの、英語の3本立てになっていて、真面目な層にもライトな層にも、日本語がわからない層にも、広く等しくアピールしているのは、かなり感心させられた。もちろん、英語キャプションが充実しているのは、ボストン美術館の所蔵品だから、本館で使っているものを流用しているから、ということなのかもしれないのではあるけれど。

ともあれ、刀剣乱舞から来た層からすると、ちょっと物足りないのではと思うし、かといって、そうでない層からするとこのキャッチコピーで行く気を削がれている部分があるような気もする。実際に見てみれば、どちらもそれなりに納得する好展示であることは納得してもらえるとは思うけれど、果たしてそこがきちんと一般に伝わっているのかというと、わりと疑問が残る。