うろたどな

"These fragments I have shored against my ruins."

翻訳語考。ルビという訳者の傲慢。

翻訳語考。ルビは訳者の傲慢だろうか。去年訳したものは、学術書よりの思想書だったから、あえて大量のルビを入れこんでみたけれど、ページがやかましくなりすぎた。ルビは日本語の特権であり、存分に生かすべきものだとは思うが、濫用すべきではない。

ルビがうまくハマるのは、おそらく、原文のなかで使われている外国語だろう。たとえば、英語原文のなかのフランス語を、「団体精神(エスプリ・ド・コール)」とする。

ルビだけではカバーしきれない部分もある。たとえば、原文で引用符入りなら「」に入れる。原文でイタリックな〃を付ける。それが慣習的なやり方だ。

しかし、これらのどれにも該当しないものがある。たとえば、最初のアルファベットが大文字化された一般名詞だ。People, Society, Law, Misery, Painというように。象徴や寓意とまでは言いがたいが、辞書的な意味には還元できない何かが名指されている。

このような表記の問題をまえにして、どうすればいいのか。

画一的な正解はないし、正解という考え方自体がそもそも的外れだ。しかし、翻訳をする以上、何かに決めるしかないし、その決断が恣意的すぎるのはよくない。それに、原文ではそこそこ慣習的で、それほど煩わしいものでもない強調を、翻訳において強調しすぎるのは、適切なことではないだろう。出しゃばってはいけないし、機械的にやるのも違うだろう。原文の手ざわりを写し取ろうとすべきだがと思うけれど、その方針だと、主観性を排除しきれないし、恣意性が残る。

悩ましいところだ。