アメリカ観察記断章。昨日の続き。Wholesome Choiceというスーパーは店舗がふたつしかないローカルなスーパーなのだが、品揃えが本当に独特だ。店員はだいたい中近東系で、客層も大体そう。入ってすぐのところにパン屋があるが、売っているのは薄っぺらいナンのようなもので、いつも数人が並んでいる。どうもその場で注文して焼けるのを待っているらしい。イランあたりの食べ物だと思う。しかしパティスリー売り場にいけば、トルコのデニッシュが並んでいる。デリで提供されているのは、中華、タイ、インド、メキシカン、中近東系のサンドイッチというかロール、ケバブ、豆スープ。
ここで見えてくるのは、アメリカで移民が移民相手に商売をやろうとするとき、どこまで自国の移民を越えて手を広げるのか、どこまで他国の商品を仕入れるのか、という点だろう。たとえば日系スーパーはきわめて日本的だ。そこには日本の商品とアメリカの普通のスーパーで手に入るものしか並んでいない。しかし韓国系中国系のスーパーには、韓国中国の商品に日本の商品が加わる。だからハウス食品の麻婆豆腐の素は中国系スーパーでも売っているし、日本の菓子は韓国スーパーでも手に入る。
これが生鮮食品となると、俄然おもしろくなってくる。肉について。日本食スーパーはあまりおもしろくない。牛や豚の薄切り肉は、なるほど、日本食スーパーにしか見つからない品だけれど、韓国スーパーに並ぶ牛テール、中国スーパーに並ぶさまざまな内臓肉、Wholesome Choiceに並ぶ羊肉の迫力には遠く及ばない。どの肉のどの部位をどの大きさでショーケースに並べ、パッケージにするのか。それは(食)文化的な問題なのだ。
野菜について。日本の食べ物の特異性はこちらのほうがわかりやすい。日本で日常的に食べる野菜はアメリカでも簡単に手に入る。たまねぎ、にんじん、じゃがいも、なす、などなど。しかし、アメリカのスーパーでこれらの野菜を買うと、日本の野菜がいかに繊細に品種改良されたものなのかに気づかされてしまう。アメリカのスーパーで売られている野菜はだいたいアクが強く、硬かったり大味だったりする。同じ野菜でも、ちょっと品種が違うとここまで異なるのか、と驚かされる。一番困惑させられるのは、なすだ。アメリカのスーパーで一般に売られているのはイタリアン・エッグプラントというこぶし大の大きさのもので、皮がとても硬く、中身は種が多い。次にポピュラーなのはチャイニーズ・エッグプラントという奴で、これは日本のなすより細長く(だいたい1.5倍から2倍)、皮の色が薄い紫色をしている。食感は日本のなすに近いけれど、硬めでみずみずしくない。日本で食べられている野菜に近いものはどのスーパーでも手に入るが、日本の野菜と同品種のものが欲しければ、日本食スーパーに行くしかない。日本のなすがアメリカの一般スーパーにまったく並んでいないわけではないけれど、ものすごくマイナーな扱いになっている。
調味料についていえば、これは驚くほどどこでも手に入る。醤油はどのスーパーにも並んでいるし、シラッチャという唐辛子系の中華ソースはどこにでもある。スパイスの品揃えは幅広い。小びんに入ったちょっと値がはるものと、袋詰めで量も多いインド系のものの両方をたいていどこのスーパーも扱っている。アメリカで各国の料理がどこまで浸透しているかは、基本調味料がどこまで普通のスーパーで手に入るかで見て取れるような気がする。醤油はこの試験をほぼパスしている。しかし味噌はまだまだという感じ。